ドキュメンタリーは映画の塩:青山佳世作『合縁奇縁他生之縁 ここは山根四号組』に感動する

札幌、曇。風太郎は快調。


イメージフォーラム・フェスティバル2008札幌」三日目。今日から大学では大学祭がはじまった。北海道立近代美術館の入口そばの池の水面が自然のスクリーンに見えた。今日は以下のプログラム計8本を観た。

一般公募部門

  • 合縁奇縁他生之縁 ここは山根四号組[ 青山佳世/ビデオ/58分/2007]入選
  • Mermaid[ 高田苑実/ビデオ/4分/2007]入選
  • しあわせ[ 徳本直之+鎌田綾/ビデオ/22分/2007]寺山修司

海外招待部門

札幌特別プログラム:スーザン・ピット 魔法のアニメーション

  • アスパラガス[ 16ミリ/18分/1979]
  • ジェファーソン・サーカス・ソング[ 16ミリ/16分/1973]
  • ジョイ・ストリート[ 35ミリ(ビデオ版)/24分/1995]
  • エル・ドクトール[ 35ミリ(ビデオ版)/23分/2006]

札幌プログラムより)


上映開始直前の会場の様子。ディレクターの澤さんがプログラムごとに簡潔な紹介を行う。

青山佳世のドキュメンタリー『合縁奇縁他生之縁 ここは山根四号組』が非常によかった。公式カタログの紹介にはこうある。


「うわー、速い!」。作者は渡邉咲子さんが、摘んだ葉たばこを矢継ぎ早に縄に挟み繋いでいくのを見て驚きの声を上げる。渡邉さんは作者の母親の幼馴染み。葉たばこ作りと牛の飼育が主な仕事だ。葉たばこの乾燥や箱詰め作業、緊張に満ちた牛競り風景。そんな渡邉さんの姿を正面から、そしてごく自然に捉えた記録映画である。

渡邉咲子さん70歳。母と一緒に山根(福島県)で育ちました。いつも山根に行くと挨拶だけで、長い間どんな人なのかも知りませんでした。そんな「挨拶だけの人」「ずっとここに住む人」ってどんな人だろうとふと思い、知りたくなりました。そんな素朴な気持ちから撮り始めた作品です。2005年7月から2006年5月まで、葉たばこ作りを通して、自分と渡邉咲子さん、ひとり対ひとりから始まったちょっとずつ広がっていくふれあいのお話です。(A.K.)

(010頁)

『もここ』の佐藤健人と共通して、青山佳世もまた「神話的視線」(マヤ・デレン)を獲得していると感じた。生身の他者との「見られる–見る」という関係に己を開き、予測不可能な一寸先は闇のようなコミュニケーションの波に乗るとでも言えばいいだろうか。あるいは、目の前で多層に展開していく現実の複雑さにちゃんと堪えていると言えばいいだろうか。審査員のひとりキム・ジソクが講評のなかで引用した「ドキュメンタリーは映画の塩」という言葉を思い出す。


会場のスクリーン。なぜか、急に撮りたくなった。

スラヴォイ・ジジェクによる倒錯的映画ガイド』はある意味で興味深かった。


(公式カタログ、052頁より)

「映画は、我々が欲情するものを与えはしない。我らが何に欲情すべきかを教えるものなのだ」思想家であり現代随一のラカン精神分析家であるスラヴォイ・ジジェクが、ヒッチコックデイヴィッド・リンチウォシャウスキー兄弟などのさまざまな作品を引用して、映画の隠された言語を掘りおこす。

引用作品:『鳥』『サイコ』『めまい』『エクソシスト』『ドクトル・マブゼ』『博士の異常な愛情』『カンバセーション…盗聴』『ブルー・ベルベット』『惑星ソラリス』『ピアニスト』 『オズの魔法使い』『十戒』『イワン雷帝』など
札幌プログラムより)

「映画のスクリーンは精神の汚物が逆流してくる便器である」と鋭く言い放つ「下品な」ジジェクによる現代芸術としての映画の精神分析講義ドキュメンタリーである。

ジジェクが43本の映画(詳細は下記のWikipediaの項目を参照)を精神分析理論によってかなり強引に三通りに串刺ししてみせる手腕は粗雑とはいえなかなか見物ではある。監督はあのピーター・グリーナウェイPeter Greenaway, born 5 April 1942)に師事した経験をもつソフィー・ファインズ(Sophie Fiennes, born in 1967)。観終わっての率直な感想は、これは「性的倒錯者(The Pervert)」ジジェクによるジジェク自身の精神分析になっているなあということだった。

映画の中でジジェクが語る「理論」の核は、人間の根源的な感情は「不安」であるという命題である。そして、その他の感情はすべて「不安」を隠すための「みせかけ」に過ぎないと言われる。しかし、そうだろうか。そう考える立場があってもよいが、私は「不安」よりも「驚き」こそが根源的だと考える。佐藤健人の『もここ』や青山佳世の『合縁奇縁他生之縁 ここは山根四号組』が精神分析を寄せ付けないほど突き抜けて清々しいのは「不安」に陥らずに「驚き」に定位し続けているからだと思う。蛇足ながら、驚いたのはジジェクは自然、植物や動物のことを何も知らないらしいということである。それが痛々しいほど伝わってくるドキュメンタリーでもあった。ジジェクの「理論」の言葉では、例えばジョナス・メカスの「映画」には触れることさえできないだろう。これは「映画ガイド」というよりは、都合良く集められた映画による「ジジェクガイド」に思えてきた。

スラヴォイ・ジジェクによる倒錯的映画ガイド』で引用される43本の映画リストはこちらで。

スラヴォイ・ジジェクによる倒錯的映画ガイド』の公式ウェブサイトからはDVDを購入することもできる。



「札幌特別プログラム:スーザン・ピット 魔法のアニメーション」の四作品はなかなか興味深かった。それぞれ全く異なる表現技法が試みられていて驚いた。「アニメーション」と一口に語ることはできないことを痛感した。スーザン・ピットSuzan Pitt, born in 1943)の四作品を通じて一番印象に残ったのは、その植物や動物や人形の自由奔放に見える描写のなかに、何て言えばいいのだろう、人間にとっての「恩寵」のようなものが正確に表現されていたことだった。このプログラムには入場を待つ長い行列ができるほど、大勢の若者たちが詰めかけていた。