生まれてくる子に捧げるオマージュ:佐藤健人『もここ』に感動する

札幌、雨。風太郎は快調。


三上ゼミの一環でもある実験映画鑑賞、イメージフォーラム・フェスティバル2008サッポロの二日目。会場の北海道立近代美術館の西門に向かう歩道で、車に水を撥ねかけられて、一瞬呆然として立ち止まった。抱えていたファイルと腰から下がびしょ濡れだった。参ったなあと思ったと同時に今の瞬間を撮りたかったとも思った。ちょっと悔しくて歩道を撮った。

今日は以下のプログラム8作品を観た。

一般公募部門

  • LINE[ 大仁田弘志/ビデオ/14分/2007]入選
  • 回帰[ 孫于景/ビデオ/34分/2007]入選
  • もここ[ 佐藤健人/ビデオ/27分/2007]奨励賞
  • UNCONSCIOUS[ 中島雄介/ビデオ/5分/2007]大賞

海外招待部門

札幌特別プログラム

札幌プログラム


(『イメージフォーラム・フェスティバル2008公式カタログ』013頁より)

妻の妊娠から出産にいたるまでの夫婦の日常を等身大に軽妙にドキュメントした佐藤健人の『もここ』がよかった。ドキドキした。昨日触れたマヤ・デレンではないが、まるで画面を見つめる私がカメラになってその場に立ち会って、右往左往、「踊って」いるかのような錯覚に何度もとらわれた。ええ! そこまで見させられるわけ! と何度も心の中で叫んでいた。佐藤健人は自分が出会った何とでも正面からきちんとコミュニケートしようとする。うまくいくこともあるし、うまくいかないこともある。でも、その総体が彼の人生の真実で、彼が接する物や人との暖かい距離感が『もここ』の全篇に漲っていた。なにより、一度流産している若い妻が妊娠してお互いに大きな不安を抱えていないはずがない二人の間の何ごとからも目を逸らさないぞと言わんばかりの、それでいてユーモアに溢れた対話、そして生まれてくるもここちゃんへの若い両親の愛情の表現に心を打たれた。『もここ』を見終わって、昨日引用したジョナス・メカスの「宣言」にある「荒削りでナマでいい、生きていてもらいたいのだ。バラ色じゃなくていい。血の色をした映画が欲しいんだ。」を思い出していた。メカスが『もここ』を観ていたら、喜んだに違いないと確信した。「一般公募部門」の「奨励賞」を受賞してよかった。審査員たちにも感謝したい。

もうひとつ、「中継収容所」と呼ばれたヴェスターボルク収容所におけるユダヤ人たちの労働と余暇の様子を撮影した現存する唯一のある意味で衝撃的な映像を巧みに編集したファロッキの『一時中断』に驚いた。アウシュビッツの名によって連想する幾多のおぞましいイメージに彩られた20世紀の負の遺産、記憶に新たな一頁が挿入されたと感じた。

なお、ファロッキの『一時中断』を含む「海外招待部門」の三作品は『メモリーズ』(ビデオ/102分/2007/韓国)と題され紹介されていた。ちょっと分かりにくかったが、毎年気鋭の映画監督3人にデジタル短篇制作を依頼する韓国の全州国際映画祭が2000年から毎年開催している「チョンジュ・デジタル・プロジェクト」の2007年度の三作品である。『メモリーズ』はオムニバスとは異なる。



上映終了後、ディレクターの澤さんを誘って、会場の北海道立近代美術館の西門前にあるSoul Storeでお互いに一息ついた。Soul Storeは今年の7月に開店したばかりのカフェのようなスープカレー店。昨日の昼初めて入った。まだ若い店主の清水さんのセンスの良さと懐の深いもてなしに感心した。カレーはもちろん、深煎りのコーヒーも美味い。澤さんとは舞台裏の色んな話が尽きなかった。その表情にやや疲労の色が見える澤さんだが、今夜はシアターキノに、東京で見逃したショーン・ペン監督の『イントゥ・ザ・ワイルド』を観に行くと言っていた。さすが映画人である。