フィオナ・バナー:アルファベットと格闘する女


Fiona Banner: Almost Fluorescent Nude, 2007


Fiona Banner: Colour Blind (Arsewoman Slashed)
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もしアルファベットの文字環境に生まれ育ったなら、漢字に憧れるに違いないと思うことがある。漢字だけでなく仮名やアルファベットさえ節操もなく同居させる猥雑な日本語にも間違いなく惹かれただろうと思う。テキスト・ワークなどと呼ばれることのある、文字を題材にした美術作品を見るたびに、ああ、この人は無意識にアルファベットの圏外へと逃れようとしてもがいているんだな、と感じてしまう。大きな勘違いかもしれないが、最近たまたま知った1966年生まれの英国の芸術家フィオナ・バナー(Fiona Banner)の生々しいテキスト・ワークには、特にそう感じたのだった。ウェブ上でフィオナ・バナーに関する日本語情報は次の二つしかない。

Fiona Banner の関心の対象は、伝達メディアとして無限の可能性を秘めながらも時にその限界をも感じさせる言語。その彼女の作品には、立体、平面を問わず必ずといってよいくらい文字が登場します。遠くから見るとピンク一色にしか見えない 4m x 6m のスクリーンプリント「Arsewoman in Wonderland」は、同タイトルのポルノ映画のなかのヘビーなセックスシーンを活字にしたもの。その活字の密度、色の度ぎつさ、延々と続くボリュームは、一行も進まないうちに目を閉じい気分にさせるのに十分。床に置かれた楕円形の彫刻*1は一見ただのミニマリスト風の彫刻にしか見えませんが、実はピリオド(句点)をあらわしたものという突飛な発想。

fogless: exhibitions: Turner Prize 2002 [フォグレス:展覧会:ターナー賞2002]

現在 Dundee Contemporary Art で個展が開催中のフィオナ・バナー(36)は、様々なメディアを用いたテキスト・ワークをこれまでに多数発表。なかでも有名なのが観た映画の内容をキャンバスや本に言葉で記録した作品で、代表作「Nam」は「プラトーン」などベトナム戦争映画6本を1000ページの本にまとめたもの。

フォグレス日誌:2002年5月

この紹介文からも窺えるように、フィオナ・バナーのテキスト・ワークは素材としての文字(アルファベット)の可能性を様々に引き出そうとするだけでなく、「性」や「戦争」に関わる他のメディアの表現を「引用する」ことを通じて、世界の言語的了解の地平にも繋がることを志向している。そこがいわゆるコンセプチュアル・アートとも一線を画すところだと思う。われわれが囚われがちな意味や物語を積極的に模倣しながらも、そこに文字という側面から思いも寄らぬ亀裂や断面や影や流動を垣間見せ、言語の「裸体 the nude」を晒すような野心的な試みであると言えるだろう。フィオナ・バナーのもうひとつの代表的な素材は戦闘機である。言うまでもなく、戦闘機は「性」と「戦争」を貫く隠喩の形象である。ネオン管を使って文字のように戦闘機を象った作品は危うい美しさを湛えて印象深い。


Aardvark, 2007


参考:

*1:Full Stops, 1998 では、Slipstream, Palintino, Nuptial, Times, Gill Sans Condensed, New Century Schl BKといった特定の書体ごとのピリオドを空間に立体的に出現させている点が注目される。フィオナ・バナーは文字の曖昧な観念ではなく、書体という既成の造形、デザインを引用ないしは模倣することを通して、タイポグラフィへの批評の眼差しをも示しているわけである。その意識は、Anatomy Of A Page, 2008Evaporated Book, 2008 などの最近の作品により強く感じられる。