語りの作法

悼む人

悼む人

天童荒太『悼む人』では、見知らぬ他人が死んだ場所を次から次へと訪れては独自のやりかたで「悼む」旅を続ける静人が、死者の遺族や友人や関係者との会話から、生前の愛と感謝にまつわる記憶だけを落ち穂のように拾い集めては自分の胸に大切に納めるという儀式を繰り返す。「私はあなたのことを忘れない。」 人はどれくらいぎりぎりの場所にまで身を引き、それでもなお生きることができるのか。あるいは死をどこまで言語化できるのか。一方的な感情や思い込みを捨てて、あるいは死の淵を覗き込みながら、それでもどうやって触れ合い、あるいは支え合うことができるのか。「私はあなたのことを忘れない。」『悼む人』は記憶の書だと感じた。暴力と無関心という名の抗いがたい忘却と闘う記憶の書。「私はあなたのことを忘れない。」「何も共有してない者たち」が<向こう側>からやって来る赤ん坊と<向こう側>へ逝く死者に向ける眼差しが交差する場処に、たとえ解散しても、あるいは血のつながりとは関係なく、なお存続する家族という名の絆の未来形が「記憶する」という「信頼関係」の中に生まれる。

そして、読者へ。あなた方は、わたしの小説への姿勢を信じて、きっと待っていてくださる……。あなた方とのあいだに存在している信頼関係が、先の見えない執筆を根っこのところで支えてくれました。あなた方のような読者を得られて本当に幸せです。

 「謝辞」(天童荒太『悼む人』446頁)