- 作者: Allen Say
- 出版社/メーカー: HMH Books for Young Readers
- 発売日: 1994/10/24
- メディア: ハードカバー
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アレン・セイの自伝小説 The Ink-Keeper's Apprentice の第12章では、14歳になったばかりのキヨイ(アレン・セイ)が幽体離脱のような奇妙な体験をしたときのことが克明に語られている。
ある日学校の美術室でミケランジェロのダビデ像のドローイングに没頭しているときのことだった。
頭の中でブンブンいう音が聞こえたかと思うと、何ものかに耳を塞がれ、突然周囲から切り離され、体は何も感じなくなった。僕は長い木炭をつかんだ自分の手が、操り人形のように紙の表面を上下するのを見た。そして腰掛けている体から離れて、ふわりと浮び、天井まで昇った。僕は一個の巨大な目になって、天井を背に漂っていた。何も感じなかったが、部屋の中のあらゆる細部まですべてが見えた。もっとも奇妙だったのは、僕は機械仕掛けの人間のような自分自身を見ていることだった。どれくらいの時間そうしていたかは分からないが、ホイッスルの鋭く甲高い音にはっと驚き、少しずつ下降して、自分の体に戻った。そして突然自分の腕の重さを感じた。(三上訳, p.88)
しかし、キヨイが最も驚いたのは、そのような夢のような狂気のような幽体離脱現象そのものではなく、まるで熟練した画家が描いたような素描が現実に目の前にあったことだった。そしてその後もキヨイは何度か同じ体験をくり返し、その度に、とても自分で描いたとは思えない素描のできばえに驚いた。自分の中に魔法の力を発見したかのようだった。キヨイは芸術家はみな同じような体験をしたが、他人には話さなかっただけで、それこそ「芸術の秘密(the secret of art)」にほかならないのではないかと思い、自分を誇らしく感じたという。
さもありなん。
アレン・セイが語る幽体離脱体験そのものに関しては、聴覚の異常、喪失から始まり、聴覚の回復に終わるという点が大変興味深い。「音」が関わるという点。まずは極度の集中が聴覚に異常を来すほどに脳の働きを高めたのだろうか。しかし、もしあのとき校庭でホイッスルの音が鳴り響かなければ、キヨイは自分の体に戻って来れなかったかもしれない、、。小林秀雄もよく引用した柳田國男の「ヒバリの鳴き声で我に返った」というエピソードを連想する。