Portrait of a Young Woman

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Edgar Degas
Portrait of a Young Woman
1867
Oil on canvas
10 5/8 x 8 5/8 in (27 x 22 cm)
Musee d'Orsay, Paris
From artchive.com

Ink-Keeper's Apprentice

Ink-Keeper's Apprentice

The Ink-Keeper's Apprentice の第13章では、キヨイ(少年時代のアレン・セイ)の倒錯した初恋が語られる。もとより、恋はすべて倒錯したものであろうが、、。

10月の終わりに学校の第二学年三クラス合同の遠足で千葉の海岸に行く。彼は14歳の誕生日のプレゼントに母親が買ってくれたコンパクトカメラを持参して、頼まれるがままにたくさんのスナップ写真を撮った。その中の一枚に他のクラスの Okamoto Reiko が写っていた。以前に何度か見かけたことはあったが、それほど気にはとめなかった。しかし、なぜか彼は写真に写る彼女に釘付けになった。

肩まである髪は風になびいて、その卵形の顔の輪郭がはっきりと見えた。目には静けさが漂い、下唇は緩やかな曲線を描いていた。僕は彼女が髪の毛を頭の後ろで大きく結い、丸い襟の黒いビロードのドレスを着ている姿を想像した。僕の心臓は高鳴った。ドガの絵だ! Reiko に会わなければ。(三上訳, p.91)

この屈折した初恋の背景は、第11章でドガの『若い女肖像画』との衝撃的な出会いとしてすでに語られていた。

僕は美術コーナーで色彩図版のある厚い美術書に脱線してしまった。『ゴッホの手紙』のことはすっかり忘れていた。*2 初めて見る高価な新刊本をめくっているときだった。僕は一枚の絵に息をのんだ。それは若い女の小さな肖像画(a small portrait of a young woman)だった。髪は後ろに大きく丸く束ねられ、丸い襟の黒いビロード地のドレスを着ていた。彼女の顔は正面から45度右を向き、まっすぐ前を見ていた。鼻は高く、下唇は厚くて広かった。重そうな瞼のせいで目は夢見がちに、眠そうにさえ見えた。今まで見たなかで一番美しい顔だった。しかし、心なき破壊者のように、ドガは彼女の頭の右上に自分の名前を乱暴に書き入れていた。僕はかなり集中して彼女の目を見つめた。なんとか彼女が僕の方を見てくれないかと願った。そう仕向けずにはおかないような絵だった。(三上訳, p.82)

その後、キヨイは三日連続で書店に通いその絵を見た。そして見る度に違う表情を見せる「彼女」にどんどん惹かれていった。

その日によって絵が違って見えることに驚いた。ある日は彼女は憂いに沈んでいるように見え、別の日は幸せそうに見え、そして時々冷淡そうに見えた。彼女を見るたびに僕はその像を心に焼き付け、後から記憶を頼りに彼女を描いてみた。(三上訳, p.83)

キヨイは、ドガが描いた「若い女」に恋していたのだった。

キヨイは Reiko に写真を渡すことを口実に、Reiko と二人だけで会う約束を強引に一方的に取り付ける。しかし、約束の場所、渋谷のハチ公前に Reiko は現れなかった。

She never came. (p.94)

*1:This image is in the public domain because its copyright has expired.

*2:キヨイは、先生(野呂新平)のところで兄弟子に当るゴッホに心酔する時田のために『ゴッホの手紙』を買ってあげようと思って書店に立ち寄ったのだった。