1本のタバコ


サンパウロ在住の写真家・楮佐古晶章(かじさこあきのり)の唯一の写真集『Minha Vida』(http://www.brasil-ya.com/kajisako/)の中に「快楽」(http://www.brasil-ya.com/kajisako/47.html)と題した煙草を燻(くゆ)らすオッチャンの写真がある。添えられた文章とともに一番好きな写真だ。文章はこんな。「毎日、同じ仕事をし、1週間分の作り置きした料理を食べ、1日1回、1本のタバコをくゆらす。そんな生活を彼は毎日重ねている。『楽しみ? ・・・・・ないね〜。でも今の生活が好きなんだ』いつかこんな気持ちをもてるようになりたい」いい文章だ。写真に写るオッチャンの表情や存在感が「好き」という言葉に翳りや裂け目を作り、そこに、そこから、毎日多くのことをくり返し、でも、そこから少しずつズレて行き、時には大きくズッコケて、最後は死ぬ、という生涯の全貌が一瞬強烈な光に照らされて見えるような気がしてくる。あれから、いや、そのずっと前から、楮佐古さんは「こんな気持ち」にはなかなかなれないキツい生活を曝け出しながら生きている。そこがまたいい。

この写真に惹かれる理由をめぐって、もう少し呟きたい気がしてきた。それは、オッチャンが生活、人生をうまく編集していることが楮佐古さんの文章に引用されたオッチャンの言葉を介してよく伝わってきたからだと思う。うまく生活、人生を編集するための視点の置き所の秘密にその時、写真を撮った時、楮佐古さんは触れた。だからこそ、いい写真が撮れた。そして、こんな風にも思った。楮佐古さんが「こんな気持ちをもてるようになる」のは、比較的最近の「写真日記」(http://www.100nen.com.br/ja/akinori/)を見る限りはだいぶ「こんな気持ち」に近づいているように感じられるが、楮佐古さんにとってのカメラが、オッチャンにとっての1本のタバコのようになるときではないか、と。


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