時の狭間3:ワンダーランド


和田駅から、小雨がぱらつく中を地図を頼りに急ぎ足で10分ほどかかって、十和田市現代美術館にたどり着いた。新しい街並の一角に、柵も塀も段差もないバリアフリーな敷地に曇り空に溶け込むような白いキューブが忽然と姿を現した。正面のガラスの壁面には曇り空と街並が反映していた。白い立方体や直方体が気持ちよく配置されて渡り廊下で結ばれた建築の内部は迷路の中に隠し部屋のような展示室が次々と出現するような作りになっていて、エレベーターの中にさえ「忘れ物」と題した作品が展示されているという、思わず歓声を上げてしまうほどの凝りようだった。

古い喫茶店を探しながら駅に戻る途中、大部分シャッターが降り、人通りもほとんどない閑散としたアーケードの古い商店街で一軒だけ異様な熱気を発散している桜田酒店に吸い込まれるように入った。喫茶店も兼ねているような複雑に編集されたファサード、店先の外観が古いような新しいような、とにかく非常に魅力的なものだった。入った途端、目眩に襲われた。これは一体何屋だ!? 世界中のコーヒー豆や酒類から骨董品のような多種多様な品が所狭しと置かれている。どこか一点に焦点を合わせることができない。逆に何百、何千もの目で見られているような不思議な気持ちになる。ワクワクしたが、あまり時間がなかった。喫茶店ではないことを店番の柔らかい物腰の若者、息子さんに確かめて店を出ようとしたとき、奥の方から女性の声がかかった。店主の奥さんだった。コーヒーをいれるから、まあ、ゆっくりしていきなさい、という内容だった。え!? 狐に摘まれたような気持ちの中、あれよあれよという間に、店の奥に案内され、ストーブの横に置かれた椅子に腰を下ろして、コーヒーを待つことになった。そのうち、店主が現れて、店で扱っているコーヒー豆やワインの説明やお店の沿革などについて話をうかがうことにもなり、実は地下にワイン蔵があるんだ、ということで、思いがけない場所から地下に通じる階段を降りることになった。案内された地下蔵は土間になっていて、一年を通じて自然の空調がワインの熟成に適した温度と湿度を維持し続けているため、そこに寝かされたワインはどれも、非常にまろやかな深みのある味になるんだよ、と店主は嬉しそうに語ってくれた。ワインを買うつもりはまったくなかったが、結局ハーフボトルを一本買った。いれたてのコーヒーをいただきながら、桜田夫妻と世間話をしているうちに、気づいたら三沢へ帰る電車の時刻まであと10分に迫っていた。丁重にお礼を言って、店を後にし、十和田駅まで走った。

私にとって桜田酒店は美術館以上にワンダーランドだった。短かかったが、桜田一家のもてなしは至福の時間だった。懐かしい時間だった。来る者をすーっとその懐に招き入れ、一番大事なものを惜しげもなく分け与えるようなやり方。祖父母の他人への接し方を思い出していた。バリアフリーでオープンで、一方的なように見えて、実は他人に対しては気をつかっていないような気のつかい方をする。東北弁は表面的には粗野で固く単純な印象を与えるかもしれないが、それは他人との間にできるだけ垣根を作らない繊細で柔らかい複雑な精神の産物であるような気がする。聞いているだけで、気持ちが丸くなりあったかくなる。私は話すことはできないが、祖父母の話す東北弁を聞き覚えているので、ほぼ完璧に聞き取ることはできるのだった。