藤原新也・アンソロジー


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藤原新也は最近二本のマーティンを買った。一本は00-15、もう一本はバックパッカーだった。最初にギターを弾いたのは中学生のとき。当時公開されたマルセル・カミュ監督の『黒いオルフェ』のギターのサントラに憧れたのがきっかけだった。(中略)ギターソロはルイス・ボンファだった。曲は「カーニバルの朝」。「ソロ独特の、なんていうか切なく、不自由さがある。不自由=情感であるわけだ。ソロで奏でる。リズムとメロディを一緒に弾かなければならない。それをうまく乗り越える。不自由なフレットさばきというか、その感じが僕にはすごく良かった。(「ギターとともに出る旅」『Coyote』No.35, March 2009)



今年は断続的に藤原新也の本を読んで来た。振り返って見ると、最初のきっかけは、ヴェンダース夫妻が小津安二郎の『東京物語』を偲んで尾道を撮影旅行したときの写真集に藤原新也が寄せた文章に共感したことだった。その後、比較的最近の著作を読み、心の琴線に触れるところが多く、次第に時間を遡るようにして、彼の著作を手に入りやすいものから次々と読んだ。藤原新也の姿勢に「反近代主義」という単純な烙印を押す向きもあるようだが、「近代」とは一枚岩ではないし、そもそも「〜主義」という物言いは曖昧で、そう語る者の立ち位置も不明瞭、無責任な場合が多い。それに、近代は反近代をも呑み込む怪物ではなかったか。自分のことに置きかえてみても、流儀としての「反近代主義」のどこが悪い、という気持ちも湧く。アジアを中心とする命がけの体を張った旅から、別の意味で命がけの心をかけた旅へと、藤原新也の旅=人生は続いている。先日、彼の原郷ともいうべき門司を訪ねた。門司港の岸壁に佇んで、天国も地獄もこの世の別名に他ならないと思い定めた彼の生き様に思いを馳せた。例によって、藤原新也に関係するエントリーを緩く束ねたアンソロジーです。