「足るを知る(知足)」:松本昭司さんの<道(Tao)>


森の中の古い石段


松本昭司さんは止まらない。松本さんが向かい歩くところに<Tao)>が出来る。まるで現代のタオイストだ。


昨日お知らせした「善根宿」火曜日限定オープンに続いて、「お遍路さんコース」を設けるぞーという明るい声が松本さんから届いた。「絶望を突き抜けた明るさ」(佐野眞一)? どこまでやる気か? その背景には、民宿「鯛の宿」の経営方針を「グルメ路線」から「エコ路線」に転換するという松本さんの不退転の決意があるらしい。


グルメ路線と言っても松本昭司さんの鯛の里ではあくまでお客さんに新鮮な海産物をたらふく堪能してもらいたいという善意から出た、利益度外視に近い豪快な大判振舞いであり、都会の浮ついたグルメ志向とはまるっきり違う。しかし、やはりそろそろわれわれは「足るを知る」べき時を迎えていると直観した、あるいはそういう声が天から降ってきたらしい松本昭司さんは、旅人といっても目的から懐具合まで千差万別のお客さんのありのままにできるだけ寄り添った自然な形の経営方針を打ち出したわけだ。すごい。大丈夫? ちなみに、「足るを知る」とは老子Laozi)の「自勝者強,知足者富」に由来する。

・・・最近つくづく思い始めてきたんだけど、そろそろグルメレースで競うようなやり方から旅人に優しいやり方にシフトしようかな。客集めにこれでもかとテンコ盛りのメニュー。それがマスコミに載り、ウチもずいぶんと恩恵を受けた一人だ。だけど、フーフー言いながら年配のお客さんの顔を観るにつけ、「足るを知る」という言葉が浮かんでくる。出されてくる料理を胃の中に詰め込み、残すと申し訳ないと無理をする。それを「全部食べる人は少ないですよ」と誇らしげにする店側。お客さんにとっては迷惑なことかもしれない。ここで言う「足るを知る」は店側がお客さんを気遣い思いやり、「足りる」ことを「知る」ということだ。

 ハッ・・・、前置きがずいぶんと長くなった。つまり、テンコ盛りの魚料理を食べたい若者はそれなりのコースを求めたらいい。お遍路さんのようにゆっくり長く歩く旅人や金のない学生さんが「宮本常一」の生地を歩いて旅をするのであればそれなりの割安のコースを。実を言うと、店側の利益というのはあまり変わらない。ということで【毎週火曜日は善根宿】とは別に、普通の日も利用できる【お遍路さんコース】を設けさせていただいた。

 <お遍路さんコース>を設けました(「鯛狸の豆日記」2010年04月17日)


 お遍路さんコース(民宿「鯛の里」、沖家室島)


次回沖家室島を訪ねる時には、「お遍路さんしたい」と書いた私ですが(→ こちら)、実は毎日ある意味で「遍路(pilgrimage)」していると思っていて、今朝も森の中の道なき道を歩きながら、ふと目にとまった苔むして枯れ葉に埋もれかけた古い石段、札幌軟石で出来ていた、をしっかりと踏みしめながら上っている時にも、この階段は松本昭司さんたちが再生させつつある沖家室島のお遍路道にもつながっていると思ったりしたわけですよ。大げさに言えば、私がなぜか感応する人や場所は地理的にはかけ離れていてもすべて不思議な仕方でつながっていると感じているんです。というか、自分に縁のあった人、土地、場所をつなげるように、自分の心を、なんていうか、自分なりに、耕そうとしてきた、している、そんな気がします。あらゆる場所に道をめぐらすというか、、。ところで、「足(り)る」って、「足」という漢字が当てられるけど、どこかで歩くことにもつながっているんでしょうね。足を使ってよく歩けば、心は足るを知るに至る、、。