屠畜室に入れられた牛は屠夫によって鉄棒が3cmほど飛び出す特殊なピストルで眉間を撃たれ、意識を失う。本橋成一さんが語る、松原の屠場で毎日100頭前後の牛の眉間に銃を当てる屠夫のSさんのエピソードが興味深い。
人が自らの手で牛を殺す。それはぼくが初めて見る光景。いのちと向き合うSさんのその姿には威厳があった。
なかなか話しかけられずにいたぼくに、街で何度か出会ううち、彼の方から「よう通ってきてるネェ」と話しかけてくれた。(中略)夏が近づいたある日、彼が蚊がたかっても決して叩かないことにぼくは気が付いた。手の平でそっと追い払うのだ。たくさんのいのちと関わっている人だからの優しさなのだろう。
いつからぼくたちは、いのちが見えなくなったのだろうか。本橋成一「いのちといのちをつなぐ人」から