幌戸湿原



9月1日の朝、霧多布岬の宿を出発した私たちは霧の中を浜中湾から根室半島に続く海岸線を嘗めるようにして納沙布岬を目指した。浜中湾の北岸の幌戸(ぽろと)に差しかかったとき、突然、左手の霧の中に瑞々しい緑の広がりが現われて、その上に焦茶と白の二頭の馬がまるで花のように浮かび上がって見えた。海霧の牧場、なんと幻想的な光景か! 思わず道路脇に車を停めて私たちは車から降りた。ちょうど「オキト橋」と書かれた標識の立つ橋を渡ってすぐの所だった。その競走馬の牧場の向こう側には霧にかすんで薄らと水の広がりが見えた。幌戸(ぽろと)沼だった。その幌戸沼と海とをつなぐ細くて短い川に架かっているのがオキト橋だった(「オキト Okito」の由来は不明)。しかしながら、沼といい、川といい、地勢的観点からの便宜的な呼び名に過ぎないと強く感じた。案の定、一般の地図には載っていないが、その辺り一帯を幌戸(ぽろと)湿原と呼ぶ例があることを後で知った。湖や沼や湿原が点在する海岸線を走っていると、地勢に馴れ親しんだ目が次第にいわば水勢に浸されていくのを感じるのだった。

幌戸 ぽろと/奔幌戸 ぽんぽろと

厚岸郡浜中町大字後静(しりしず)村の中。浜中湾北岸の地名。幌戸はポロ・ト(poro-to 大・沼)の意。現在もそこに沼があり、その沼が東隣の奔幌戸(ぽんぽろと)にあった沼よりも大きかったので呼ばれた名。東隣の方の沼は、たぶんポン・ト(pon-to 小さい・沼)だったのだろうが、後にポロト(沼)の名の方が意味を離れた固有名詞になったために、ポン・ポロト(小さい・幌戸沼)と呼ばれるようになったのであろう。

 山田秀三『北海道の地名』255頁


参照


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