花の名前




Encyclopedia of Flowers―植物図鑑


本書は東信が2009年から約2年間にわたって制作した約1万本の花卉を使った「前衛的」と評されることの多い、生け花作品の写真集(椎木俊介撮影)であるのみならず、その表題通り、1600種の植物図鑑でもある。巻末には70頁余りの植物名リストと五十音順の索引が付されている。その意義について東信は次のように語る。

巻末には作品に用いた花、植物の名前も付している。名前が付けられているということは、そこに人為が介在していることの証である。人間によって発見され、人間によってつくり出された。つまり、これらの名前は人間が自然に関わった指紋なのだ。また、属名と種名の組で記されたこれらの学名(場合によっては発見者や命名者の名前も記されている)は、根を失った切り花の「ルーツ」を辛うじてつなぎとめる手がかりだ。それぞれの花、植物を特定し、できうる限り正確な学名を調べ上げ、リスト化していく作業は途方もない労力を要す、益のない作業だ。しかし、花々のルーツを明らかにすることは、この本に咲くすべての花と、ここに載らずに朽ちていったすべての花に対する、わたしたちのあらん限りの敬意と感謝なのだ。

 東信「花の生と死のはざまで」より、『Encyclopedia of Flowers(植物図鑑)』(青幻社、2012年)15頁


私の理解では、植物の名前とは人間が自然に関わった「指紋」つまり植物に関する知識の歴史であり、根を失った切り花すべてを植物として同定することは、花そのものに対する「敬意と感謝」であるだけでなく、植物を知るために人間がはらってきた努力に対する「敬意と感謝」でもあるから、「途方もない労力を要す」植物名のリスト化と索引作りは、「益のない作業」であるどころか、極めて有益な作業のはずである。