図書館には天使が住まう

受講生の皆さん、こんばんは。

今回は紀元前8世紀から3世紀までを歴史的舞台としていわゆる古代ギリシアとヘレニズムを「古代情報のデータベース化」あるいは「神の情報文化史」として概観しました。前回とのつながりを重視しつつ、要点を絞りに絞って、しかも現代の「情報技術(IT)」との関係も見えるように、膨大なトピック(情報)を一本の筋(女性原理→男性原理→超男性原理)に流し込みました。非常に高圧縮した内容でしたから、「難しい」のは当然でしたが、大半の人が「面白がって」くれたのには嬉しく驚きました。念のため、その粗筋を書いておきます。

ヒトは身体の極端な虚弱さを補うために「群れる」必要があり、群れを律するためのルールを宗教的なスタイルの下に進化させてきた。自然力(水、火、光)や生殖力(女性)への畏怖がそれらを世界の存在の原理としての「神」へと押し上げ、さらに世界の創造の原理としての神にまで引き上げた。女神が祀られる神殿をもつ古代都市国家群の中で、当初は神殿に女神(アルテミス)が祀られていたひとつの古代都市国家アテネ)は男神(ゼウス)が君臨する画期的な古代都市国家として生まれ変わった。ギリシア神話は各民族の異教の神々を部品(モジュール)として巧みに組み込んで、男性原理[新たなプログラム]に基づいて構築された物語[データベース]でもあった。またプラトンは人間の全知を観念(イデア)の分類[クラス]に基づいて構造[データベース]化し、アリストテレスプラトニックなデータベースを経験的な知識の体系[データベース]として徹底的に組み替えた[プログラミングし直した]のだった。アリストテレスに経験的世界知を学んだアレクサンダー大王は世界帝国建設の構想を実行し、帝国の首都は未曾有の人工都市(アレクサンドリア)として建設され、その中心には画期的な情報施設として「図書館」(ムセイオン)が置かれ、しかも神殿には最強のハイブリッド神(セラピス)が祀られた。ここに至って、古代の宗教情報は「超男性原理」[プログラム]によって当時のリアルな「世界」をくまなく映しだすような図書館[データベース]となった。

見ての通り、[ ]内は情報技術用語です。情報系が専門の人もそうでない人も、現在「情報技術」と言われるもののすべての本質が、古代の神話や哲学、図書館や都市の設計の中にすでに存在したのだということを知って、パソコンの中のプログラムやデータベースに対する見方を深められるといいでしょう。

また、本日配布した大量の資料に目を通して、上記の流れを具体例によって補いながら、再確認しおいてください。

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ところで、人類史に入ってからは、さすがに宇宙史や生命史とは違って、出来事の多くが身に近く感じるせいもあって、その生々しく時に残酷な分厚いリアリティの前で、この講義の当初の目論(もくろ)みである、「情報」を主人公にした全歴史の展望、「神の視点からの思考実験」が難しくなってきたという印象をもった人も多いと思います。しかし、ここが踏ん張りどころです。できるだけ「遠くを見る、広く見る」ことこそが、結局は「己の現在」を知ることにもつながるのですから。そうして、分厚いリアリティの中を注視すると、情報進化の様々な分岐点が見えてきます。

前回、そして特に今回は、あまりに人間的=男性的な歴史に「情報進化」ではなく「情報退化」を感じ取った人もいたようですが、歴史の主流とみなされてきた出来事の連鎖と分岐の中で起こっていた<情報編集>の特徴をつかむと同時に、それに対抗的な路線を探ることが大切なことです。そのような分岐点がたくさんあるのです。狩猟から農耕への転換点、遊牧から定住への転換点、外部記憶を文字に頼り始めた転換点。女性原理から男性原理への転換点、等々。

私たちの「中」には過去の様々な情報進化の分岐点もろとも継承されています。ですから、例えば、現代の情報化された都市生活にそまった私たちの中でも、情報を「狩猟する」ような態勢が遠い過去の狩猟民の記憶が甦生したかのように働きだすのです。全人類史における重要な分岐点を私たちは引き継いでいることを知り、現在を見据え、将来を展望する際に、どの分岐点にまで遡り、「別の歴史」を構想できるか、が情報文化論の重要な課題のひとつです。例えば、地球に負荷を与え続ける路線とは異なる路線への切り替えはグローバルな火急(かきゅう)の課題です。
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最初に敷衍(ふえん)した「7図書館には天使が住まう」はかなり評判がよく、特に「図書館」と「書物」への見方が良い意味で変わったという感想が多かったのは本当に嬉しいです。これで、前回お話しした「台所」と「図書館」を使いこなせるようになれば、「料理」と「読書」を身につけられれば、まっとうな大人になるための準備はできたことになります。あとは「自信」をもつこと。たとえ独りでも生きていける自信を。
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まだ、この講義に「参加」できていない人がごく一部いるようで、非常に残念ですが、このままの状態を見過ごすわけにも行きませんから、次回個人的に呼び出して、サシで話し合うことにしますネ:)。