過去からのメッセージ

先月20日、米映画監督ロバート・アルトマンが他界した。アルトマンといえば、私が高校生の頃テレビで連続放映されたのを毎回必ず観ていた『M*A*S*H』(1970)が、あのユーモアとペーソスに溢れた主題曲「Suicide is Painless」とともに忘れられない。

『M*A*S*H』はベトナム戦争がいよいよ泥沼化していく時期に、朝鮮戦争下の米軍移動野戦病院Mobil Army Surgical Hospital)を舞台にして、戦争という狂気に巻き込まれた物凄く腕のいい外科医の主人公たちが、戦場から傷ついて運ばれてくる兵士たちの手術に追われる一方で、院内でナンセンスでスケベでキテレツでハチャメチャな騒動の数々を引き起こしていく様を痛快に非常に懐深く描いた作品だった。

明らかに、彼らは戦争という狂気と戦っているのだった。戦争に突入していくある種の真面目さ=狂気に抗する徹底的な不真面目さ=正気があることを私はこの映画から学んだ。

実は朝鮮戦争のことを調べていて、コメディ映画『M*A*S*H』を思い出し、さらに「意外な情報」に出会ってしまった。それは、『M*A*S*H』の時代背景でもあった朝鮮戦争時に、札幌市に近い千歳町(現千歳市、千歳空港と自衛隊のある市として知らない人はいない)が、駐留米軍によって想像を超える激変を蒙った歴史的事実である。実は私は大学生だった70年代末の2年間千歳市に住んでいたという縁がある。

「意外な情報」源は、千歳市総務部主幹(市史編さん担当)の大谷敏三氏が書いた論文「占領と朝鮮戦争に翻弄された地方都市―北海道千歳町― 」である。それは、『志古津---過去からのメセージ Web ver.』の第3号(平成18年3月)に掲載されている。『志古津』は「『新千歳市史』の機関誌」という位置づけらしい。『志古津』では大谷氏の論文の他にも「掩体壕(えんたいごう)」に関する調査報告をはじめ、興味深い「過去からのメッセージ」が読める。

大谷敏三氏の論文「占領と朝鮮戦争に翻弄された地方都市―北海道千歳町― 」の内容は以下の通りである。

占領と朝鮮戦争に翻弄された地方都市―北海道千歳町―

1.終戦と戦後処理
(1)占領
(2)終戦時の千歳
(3)連合軍北海道に進駐
(4)千歳進駐
(5)GHQの戦後改革と冷戦
2.朝鮮戦争と千歳
(1)北朝鮮軍南進
(2)オクラホマ州兵の駐留
(3)人口増と荒廃した教育現場
(4)帰還兵・第1騎兵師団
(5)朝鮮戦争終結と日本の復興
(6)基地経済
3.サンフランシスコ講和条約の締結
4.まとめ
参考・引用文献

1.〜2.はこちら。http://www.city.chitose.hokkaido.jp/shishi_hp/paper/sikotsu03_1.html
3.〜参考・引用文献はこちら。http://www.city.chitose.hokkaido.jp/shishi_hp/paper/sikotsu03_2.html

大谷敏三氏は、敗戦直後から朝鮮戦争(1950年6月25日 - 1953年7月27)にかけて、駐留米軍によって千歳町が蒙った激変について、稀少な資料を掘り起こして、多くの興味深い事実を明るみにだしている。特に2.の(2)(3)(4)で明らかにされた、正しく「占領と朝鮮戦争に翻弄された」千歳市の生々しい歴史的事実は、私の2年間の千歳市での生活の記憶に思いも寄らぬ光を当ててくれたと同時に、私のなかの「アメリカ」ないしは「日米関係」の記憶に新たな頁を付け加わえてくれた。

なお、『千歳市ホームページ』にはなぜか『志古津』へのリンクが見当たらない。