ウェストミンスターの鐘を聴きながら初三郎の鳥瞰図を見る


昨夜私は豊平川を下った。河岸道を、そして碁盤の目状に張り巡らされた近代的な交通路から逸脱する古い街道を選んで車を走らせた。突如地上に現れる伏籠川ふしこかわ)と豊平川に挟まれた辺りにある某所を目指して。かつての「水の都」(「テンポラリー通信」中森さんの至言)サッポロのひとつの要所であったろうそんな土地に、昭和初期に建てられたという煉瓦造りの倉庫が、アンティーカーさんが経営する素敵なレストランとして再生していた。長いレンガと短いレンガがそれぞれ1つおきに積まれるフランス式工法のその温もりのある建物は、アンティーカーさんの心意気によって、容赦ない時代の波に抗って健気に生き残っていた。それは目には見えない川の流れに浮かぶ小島のようにも想像された。

ストリート・オルガン(CURT BAUM, HAMBURG)

リード・オルガン(YAMAHA, 1917)
店内にはひとつひとつにオーナーの心の籠ったアンティークの品々が心憎い配慮にもとづいてさりげなく配置されていた。19世紀末から20世紀中頃にかけて製造された、(リード)オルガンストリート・オルガン、壁掛け時計、置き時計、ミシン、アイロン、扇風機、テレビ、アンテナ、ラジオ、レジスター、蓄音機、氷冷式冷蔵庫、回転抽選機、等々。それらすべては現役で活躍できるように、見事に修理、調整、オーバーホールされている。非常に感心した。そして、忘れてはならない札幌の古地図の数々。

屋根裏部屋の風情がある中二階の大きなテーブルには、手に入れたばかりだという「関東震災全地域鳥瞰圖繪」(大正13年、折本)をはじめ、吉田初三郎の他の鳥瞰図の折本、コピー、観光マップ、吉田初三郎に関する数多くの著作、資料が次々と広げられ、私はアンティーカーさんの好奇心、探究心、遊び心に溢れる魅力的な話に聞き入った。そして、思いがけず、いや、必然的に、話しはお互いの人生全般に渡っていった。あっという間に真夜中になっていた。

そんな夢のような充実した時間に優しくテンポを添えてくれたのが、「日の出型」のドイツのウルゴス(Urgos)社製の置き時計だった。同型のキエンツル(Kienzle)社製のものよりも柔らかく深い音色で、あの懐かしいウェストミンスターの鐘Westminster Quarters or Westminster Chime)のメロディを奏でてくれたのだった。

  • 10時の鐘の音を聴く(Westminster Quarters), 34sec.


アンティーカーさんに教えられた、「現物を探したい時に参考になる」吉田初三郎に関する代表的な研究者の一人である藤森一美氏の「北海道の鳥瞰図一覧」(1999, 狭山)によれば、北海道・樺太の鳥瞰図は約300点存在し、北海道内だけでも143点が各地の図書館、文書館、博物館、あるいは企業に所蔵されていることが判明している。とりわけ、アンティーカーさんも私もこれは現物を見ないわけにはいかないと意気投合したものに、北海道開拓記念館所蔵の「北海道鳥瞰図」の屏風絵肉筆原画(昭和11年)がある。屏風というだけあって、なんと縦2m、横6mというサイズである。資料に掲載されていた写真を見ただけで、その色彩といい構図といい力動的な視野と景観の並外れた把握力といい、とんでもない「凄み」が伝わってくるような作品である。たしかに、初三郎は「よそ者」かもしれない。しかし、だからこそ王様が裸であること、その土地や人間の真実を見抜くということはよくあることだ。

アンティーカーさんとの出会いのきっかけは、「知られざる佳曲」のくまさんによる吉田初三郎の鳥瞰図に関する生き生きとした紹介「吉田初三郎の鳥瞰図:聖化された観光地」(2007年08月01日)に触発されて私が性急に書いたエントリー「鳥瞰図絵師吉田初三郎はシュールレアリストだった」(2007-09-05)「二風谷の記憶3:二風谷の鳥瞰図は描けない?」(2007-09-27)をアンティーカーさんが目に留めてくださり、お誘い下さったことである。そしてそもそも「知られざる佳曲」のくまさんとの出会いは「横浜逍遥亭」の中山さん(id:taknakayama)経由である。こうしてまたブログが縁の大切な人間的なつながりが生まれた。