リトアニア語はインド・ヨーロッパ語族のなかでラテン語に比べられる古さを持ち、サンスクリット語との類縁性が指摘されるなど、比較言語学のうえで重要な言語とされているが、ジョナス・メカス『どこにもないところからの手紙』(asin:4879956546)の「第十八の手紙 1996年10月」のなかでメカスはリトアニア語についてこう書いている。
ああ、リトアニア語の美しさ! リトアニア語は人々が方言で話す時がいちばん美しい。それらの単語が独自に響きあう、あのなんともいえないイントネーション、あの特徴! 私はカントの『リトアニア語辞典』(正しくはミールケの『リトアニア語辞典』に寄せた哲学者イマヌエル・カントの序文------訳者)を見たことはないが、そこからの引用を読んだことがある。その驚くべき引用にはこうあった。「リトアニアは国として生き残らねばならない。なぜならその言語------リトアニア語は、言語学のみならず、歴史の秘密を解く鍵だからである」(175頁)
え?カントとリトアニア語?と疑問に思われるかもしれないが、カントの生誕地として知られる旧プロイセン王国の首都ケーニヒスベルク(現在はロシアのカリーニングラード)はリトアニアとポーランドに挟まれた飛び地で、まわりにはリトアニア語を話す農民の農地があったという*1。
カントがリトアニア語に見てとったらしい「歴史の秘密を解く鍵」とは何か?
ミールケの『リトアニア語辞典』に関しては、「カントの略年表」に、1800年(76歳)に「クリスティアン・ゴットリープ・ミールケの『リトアニア語・ドイツ語辞典』に「後記」を寄稿。」とある。「序文」に関しては不明。
リトアニア語そのものに関しては、リトアニアの音楽家ヴィータウスタス・バルカウスカスが2005年に東京大学で行った特別講義録「リトアニアの歴史・文化・音楽」の中に、サンスクリット語との間の興味深い近縁性の指摘がある。
リトアニア語は非常に古く豊かな言語で、印欧語族の中で最も古いバルト語派にラトビア語とともに属しています。サンスクリット語に非常に近く、例えば「夜」という語はサンスクリット語でもリトアニア語でも「ノクティス」です。また、リトアニア語で「ディエバス ダーリ ダンティス ドウオス イル ドウオノス(神は歯とパンを与えたもうた)」という文章は、非常に興味深いことですが、サンスクリット語でもほとんど同じです。
日本で出版されているリトアニア語関連の学習書は、現在のところ下の四冊しかない。やはり、メカスの本を訳している村田郁夫氏によるものが嚆矢である。
- 作者: 村田郁夫
- 出版社/メーカー: 大学書林
- 発売日: 1994/02/01
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- 作者: インドレバロニナ,松尾秀人
- 出版社/メーカー: 本の風景社
- 発売日: 2004/11/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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- 作者: 櫻井映子
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- 作者: 村田郁夫
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リトアニア語およびリトアニア全般の情報に関しては、以前触れたLangasが参考になる。
*1:Philosophia BBS Topic 679「カントの故郷はリトアニア」、沼野充義「歴史と民族の交差する場所で」(『現代思想:総特集カント』所収)参照。