蜂群崩壊症候群(CCD, Colony Collapse Disorder)


ハチはなぜ大量死したのか


光栄なことに、文芸春秋下山進さんから三冊目の新刊本が届いた*1。ローワン・ジェイコブセン著/中里京子訳『ハチはなぜ大量死したのか』。原書は昨2008年9月にアメリカで出版された。原題は「実りなき秋」(Fruitless Fall)、副題は「蜜蜂の壊滅と農業危機の到来」(The Collapse of the Honey Bee and the Coming Agricultural Crisis)。本書はここ数年欧米において蜜蜂のコロニーで起きている蜂群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん, CCD, Colony Collapse Disorder)と呼ばれる大異変をめぐる科学ノンフィクションである。蜂群崩壊症候群とは、一夜にして蜜蜂が大量に失踪し、群が壊滅する現象である。未だに原因は不明である。

生物と無生物のあいだ』(asin:4061498916)の著者である分子生物学者・福岡伸一氏が広い視野から要を得た解説「自然界における動的平衡」を寄せている。その中で本書の意義について氏はこう述べている。

 本書は単に、ハチの奇病についてレポートしたものではない。より大きな問題についての告発の書であり、極めて優れた環境問題の書であるといえる。それは私たち人間が、近代主義の名において、自然という動的平衡に対して無原則な操作的介入を推し進めた結果、何がもたらされうるか、すでに何がもたらされたかという告発である。狂牛病は、そして蜂群崩壊症候群は、まぎれもなく動的平衡が乱されたことを示す悲痛な叫び声であり、自然界からのある種の報復である。

 では、私たちは一体どうしたらよいのだろうか。その答えも本書の中にある。病気に対して手当たり次第、薬を飲むごとく、操作的介入を行うごとき行為の果てに答えは存在しない。答えは、自然界が持つ動的平衡の内部にしかない。(中略)病気への対応は、乱された動的平衡状態が、次の安定状態に移行する過程で見出される復元力(リジリエンス)としてしかあらわれることはない。本書の最も重要なメッセージはここにある。復元もまた動的平衡の特質であり、本質なのだ。

 事態はさらに深刻であり逼迫している。私たちはひょっとするとその復元力さえも損なうほどに、自然の動的平衡を撹乱しているかもしれないのだ。

 325頁〜326頁

蜜蜂の失踪現象が食糧危機、さらには地球規模の深刻な環境破壊に深く連動しているメカニズムが、本書を読み進めていくうちに戦慄とともに明らかになる。今日必読の書である。中里京子氏による訳文はよくこなれていて読みやすい。また、氏の「ニホンミツバチというもうひとつの希望 訳者あとがきにかえて」は、欧米型、特に米国型の工業化された大型農業とは異質な日本の伝統的な「地味」(テロワール)を生かした農業に一縷の希望を託していて教訓に満ちている。その中で一頁以上を割いて紹介されている本書担当編集者である下山進さんの山形の家族経営のリンゴ農家での体験談は、ミツバチと農業(人間)の幸福な関係を静かに力強く物語っていて感銘を受けた。

*1:一冊目はボブ・バーグ+ジョン・デイビッド・マン著/木村博江訳『あなたがあたえる』、二冊目は藤原和博著『つなげる力』だった