Music for Alice

アレン・セイはあるインタビュー(http://www.eduplace.com/kids/tnc/mtai/say.html)のなかで次のような信念を表明している。

Most people seem to be interested in turning their dreams into reality. Then there are those who turn reality into dreams. I belong to the latter group.

たしかに、世の中の大抵の人は夢を現実にしようとやっきになる。他方、それとは正反対に現実を夢に変える術を心得た人たちもいる。現実のとらえ方に関して言えば、前者は性急な「観念派」であり、後者は懐の深い「唯物派」であると言えるだろう。観念派は現実を固定的一面的にぱっととらえて、夢の実現によってそれを一気に変革しようとするが、唯物派は現実を流動的多面的にじっくりととらえることのなかでつねにすでに夢をさりげなく実現しているとでも言えようか。アレン・セイ自身は筋金入りの唯物派だ。

Music for Alice

Music for Alice

彼の絵本を貫く基調も唯物的である。その最も典型的な例を、実在の日系移民二世の女性 Alice Sumida の生涯をこの上なく美しく描いた『Music for Alice』(2004)に見ることができる。何よりもダンスを愛していたアリスの人生は、一般的な見方をすれば、ダンスを楽しむことからは無限に隔てられたような過酷な現実に振り回されつつも、なんとかそれに堪え抜いたものだった。ところが、アレン・セイはそんなアリスの生涯を現実なるものが発する実は複雑なリズムの音楽に合わせて見事に踊り抜いた生涯としてじっくりと描いた。過酷だったかもしれない現実はあなたにとって人生というダンスを踊る「音楽」でもあったのではないかというメッセージが、「Music for Alice」という意味深長な題名にも谺する。一人の日系移民女性の生涯に捧げられるべきこの上ないオマージュだと思う。