どんな書物も書き手にとっては広い意味で、いや本質的に「日記」かつ「手紙」のようなものだという考えに取り憑かれている私にとって、それが誰に捧げられているかは特に気になるところだ。内容的に見てとれる相手と献辞に現れる相手とは同じとは限らない。アレン・セイの絵本と小説には必ず献辞が明記されていて、それは家族から友人、知人に及ぶ。
内容的には、芸術的人生の師である漫画家野呂新平にオマージュを捧げたと見ることができる自伝小説The Ink-Keeper's Apprenticeは、献辞では娘のYurikoに捧げられている。少年時の父母とのディスコミュニケーションと彼らからの自立を描いたとも言える自伝小説が、父親となった自分から娘に手渡されたわけだ。
その娘のYurikoさんが13歳の時に書いた父親についての文章のスタンスがなかなかいい。さすがに12歳で一人暮らしを始めたアレン・セイが育てた娘である。すでに一人前の大人であることが窺える。
特に感心したのは、彼女が父親から受け取った一番大切な贈り物は「尊敬(respect)」であると強調して、次の様に続けるくだりである。
たいていの大人は子供たちを特別扱いします。「大人」の領分のことは決して話してくれません。私の父は何でも私に話しました。私は父に何でも質問することができましたし、父はいつも包み隠さずにに答えてくれました。父は私を大人として扱ってくれたのです。物心ついたころからそうでした。それは相手がたとえ子供であってもそのように振る舞うべきだと父が考えていたからだと思います。
彼は私のお気に入りの父親です。
ちなみに、現在入手可能なアレン・セイの作品と献辞を一覧にしてみた。献辞が空欄の絵本は手元にないものである。
発行年 | 題名 | 献辞 |
---|---|---|
1974年 | Under the Cherry Blossom Tree | For My Mother |
1979年 | The Ink-Keeper's Apprentice | To my daughter, Yuriko |
1982年 | The Bicycle Man | For Morita Sensei |
1988年 | A River Dream | For Fanny and Mel Krieger |
1989年 | The Lost Lake | For Court Conley |
1990年 | El Chino | To the brothers and sisters of Bill Wong: Lily, Rose, Jack, Florence, and Art |
1991年 | Tree of Cranes | To Master Noro Shinpei |
1993年 | Granfather's Journey | To Richard, Francine, and Davis |
1995年 | Stranger in the Mirror | To Walter and Kathleen |
1996年 | Emma's Rug | To Frances and Leo |
1997年 | Allison | For Yuriko |
1999年 | Tea with Milk | For Saito Misako Sensei |
2000年 | The Sign Painter | For Emi Oshima |
2002年 | Home of the Brave | For Maria-san |
2004年 | Music for Alice | For Alice Sumida |
2005年 | Kamishibai Man | For Margaret Eisenstadt, Donna Tamaki, and Tara McGowan |
2009年 | Erika-San | For Ursala-san |
下は2002年にアメリカ議会図書館(Library of Congress)の催しとして行われたブック・フェスティヴァルにおけるアレン・セイの講演の模様である。横浜生まれの彼が戦時中妹と一緒に母に連れられて疎開した先の山口県の山村で世話になった伯父さんが、Under the Cherry Blossom Treeの爺さんのモデルになったことや、その後移り住んだ佐世保での実体験がThe Bicycle Manの基になっていることなどがユーモラスに語られている。
Allen Say Webcast(Library of Congress, Bookfest 02, 10/12/2002, 23 minutes)