Erika-San


Erika-San


アレン・セイの最新の絵本 Erika-San(2009)は、それまでの絵本とは視点を180度転換して、日系人ではない、アメリカ人の女性が、幼い頃おばあさんの家で見た日本の田舎の家の写真に深く魅せられて以来、日本に興味を持ち、日本語を勉強し続け、大学卒業と同時に意を決して日本に渡り、とある田舎町で日本人の男性と結婚しそこに根を下ろすという物語である。それまでの日系人を主人公にした物語では、アレン・セイ自身のアメリカに根を下ろした日本人としてのアイデンティティの亀裂の内奥から発する視線を強く感じたが、実際の日本を生まれて初めて知ることになる Erika を主人公にすえた物語では、それとはまったく逆にむしろ安定したように見えるアイデンティティを自ら積極的に分裂させるような視線を感じる。そこにアレン・セイの実人生の大きな変化を読み込むことは無理があるかも知れないが、少なくとも従来の物語の視点を変える必要に迫られていたことは確かだと思う。

ふつう人は、そうとは知らずに一定に境界づけられた場所で自己形成を遂げる。ところが、何らかの都合、理由で、そのような境界を越えてしまった者は、境界のいずれかの側で心底安定することはできず、結局その境界線上で分裂を余儀なくされながら生きることになる。しかし、それは実は異常な事態、特別なことではなく、人間は究極的には生と死という境界線上で生きているわけだから、人間の本来的な生き方に通底する。Erika-San は国境などという人工的な境界線はとるに足らないことを、そして文化的差異にしても、その差異を生きることこそが楽しいということを示唆しているように思える。



それにしても、アレン・セイの水彩画の技量には驚嘆する。東京の駅で雑踏にもまれる Erika を描いた絵では、一人一人の服装、髪型、表情さえもが描き分けられている。こんな水彩画を見たことがない。


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