時の狭間4:下北半島




三沢から普通列車で野辺地まで行き、野辺地で「快速しもきた」に乗り換えて大湊線を下北まで行った。窓を開けた。曇り空だったが寒くはなく、顔にまともに強い風を受けるのが気持ちよかった。何十年ぶりだろう。進行方向右側の席だったので、窓のすぐ外を民家や林やススキの群生が掠めて行く。左側の窓には陸奥湾の暗い海を臨むことができた。カメラを窓の外にちょっと出して写真とビデオを撮り続けた。終着駅の大湊まで行かなかったのはレンタカーの台数が少なくすでに予約満杯だったためである。下北駅近くでレンタカーして、大畑、下風呂、大間、仏ヶ浦、と下北半島の海岸線を反時計回りに一巡りした。次第に青空が広がり、外海は群青色に照り輝いていた。恐山を訪ねる時間はなかったのが少し心残りだったが、つねに左半身に恐山を感じていた。下北は下手に観光ずれしていなかったのが嬉しかった。安易な観光ビジネスの発想を寄せ付けない濃い空気が随所に感じられて痛快だった。来るならひとりで覚悟して来い、そうすれば、何かが開かれるだろう、とでも言われているように、何度も感じた。もっとも、それはどこでも本当はそうなのかも知れないが。所詮、浮ついた通過者にすぎない者に、通過される土地はほんとうに大切なことを見せることはしないだろうから。それにしても、すでに書いたように、大間での田畑商店のご夫妻、そしてスルメ売りの濱端さんとの出会いには感激した。津軽海峡の向こうに、函館が、北海道がすぐそこに見える本州最北端の海岸で、そこに深く根を下ろして生きている人たちに出会い、言葉を交わすことができ、心根にもそっと触れることができたような気がした。出会えるものなら出会いたいと願っていた人たちに出会うことができた。下北に戻り、レンタカーを返して、下北駅から普通列車大湊線を野辺地まで上り、野辺地で特急白鳥に乗り換えて、東北本線を仕事の拠点である青森市まで下った。