シトロネラ:小さな土地の深い記憶


藤原新也『東京漂流』(asin:4022643188)の前半にシトロネラ(Citronella)が登場する。柑橘系の強い香りがすることからレモングラス(Lemongrass )とも呼ばれる東南アジア原産のイネ科の植物(Cymbopogon nardus)である。シトロネラというと精油や化粧品や虫除けキャンドルを連想する人も少なくないかもしれないが、藤原新也は植物談義や虫除けやアロマテラピーの話をしているのではない。話は、匂いが不意に遠い場所の深い記憶を甦らせること、そして人間にとってもっとも遠い場所の深い記憶とは限定された場所という意味での土地ではなく、「原初地」とも言うべき「土地そのもの」に関係するという問題を巡る。

 私たちはひと株の草の香によって、ある名状しがたい遠く根深い「場」に対する記憶を体内より呼び起こさせるような、不可思議な沈潜物を、あらかじめ持ち合わせて生まれてきているのである。

 『東京漂流』69頁〜70頁


藤原は旅先のタイからシトロネラをバッグの底に放り込んで日本に持ち帰ったが、しばらく忘れたまま放置していた。梅雨入り前に思い出したが、すっかり死んでいると思って冷蔵庫に放り込んだ。夏のある夕方にぶつ切りにして三分の一をタイ風のスープに放り込んだ。ところが、なぜか、残りの三分の二を冷蔵庫に戻さずに、ベランダの隅っこに置かれた枯れたシダが植えられたままの鉢に差し込んだ。水やりをした。十日ほどして、茎の表皮に淡い緑が兆した。そして約二週間後、ぶつ切りにされた茎の切断面から初々しい若葉が芽吹いた。藤原は鉢を陽のよく当る場所に移し、枯れたシダを取り除いて、シトロネラを中央に植え替えた。夏の終わりには、六、七葉が勝手な方向にずいぶん長く伸びて、そのうちゆったりとその葉先をしだれさせ始めた。そのとき、藤原は鉢の中という物理的には非常に小さな空間に詰った土のイメージが微妙に変化することを見逃さなかった。

 その植物は、ある時点から、その根にからめとられた土そのものに性格を与えたように思う。一つの性格、あるいは国籍、風土を得た土のひろがりを「土地」と呼ぶのであるなら、私はその鉢の中の小さな土壌を土地と名づけよう。

 (中略)

 私はたったひと茎の草をアジアの西から持ってきただけのことだった。その一本のひ弱そうな草の葉が、この東京もアジアでありながら、その一隅ではじめて私のアジア人としての生理に深く浸透する小さな土地を回恢復させたのである。
 そして、そのシトロネラ草の根づく小さな土地は、この日本に土地を持たない私が、皮肉にもはじめて手に入れた、信頼に足るひとにぎりの土地である。

 『東京漂流』71頁〜72頁



この件(くだり)を読みながら、私は映画にもなったキューバの亡命作家レイナルド・アレナスの『夜になるまえに』(asin:4336039518)を思い出していた。小さい頃よく土を食べ、覚えている最初の味は土の味だと語ったアレナス。草の匂い以上に、土そのものの匂いや味のことが気にかかる。小説には書かれていないが、映画でもっとも印象深かったのは、アレナスが階段で転んで大事にしていた小さな鉢植えを割ったときに、こぼれた土を拾って口に運ぶ場面だった。どんな匂いと味がして何を思い出していたのだろう。その場面は、エイズを発症し死ぬ直前に、入院するつもりで小さな鉢植えの花を抱えて病院に行くも、結局は病院を追い出されて誰もいないアパートに帰宅したときのことだった。


藤原新也が草の匂いに鋭敏に反応し、土の匂いと味には全く触れていないのがちょっとひっかかった。



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