まさか、また「貝がらがついた骨」に出会うとは、、。
日本という島国をその波打ち際から眺め歩き続けたスイス生まれの旅人ニコラ・ブーヴィエ(Nicolas Bouvier, 1929–1998)は1965年に地元の少年たちに案内されて網走博物館を訪れた。ブーヴィエは「こんな博物館だけが真の喜びを与えてくれる、そこにだけ発見のチャンスが残っている」と、「過去が恣意的に現在から切り離されていない」稀有な博物館に感激した時の様子を生き生きと綴っている(「網走博物館」『ブーヴィエの世界』(みすず書房、2007年)所収、156頁)。ブーヴィエは特にオロッコ族(戦後シベリアからサハリン経由でこの地に定着したウイルタ族)のシャーマンが所持していた呪術に使う彫物に強く惹かれ、館長のヨネヤマさん(三上注:「ヨネムラ(米村)」さんの間違えではないかと思われる)に撮影許可を得て、三時間かけて撮影したそうだ。そしてそんなブーヴィエの姿に何かを感じたらしい館長のヨネヤマさんが「ここに何が入っていると思う?」と言って見せてくれたのは、なんと、屈葬された人骨の完全な標本だった。ブーヴィエは明記していなが、それはおそらく、現在も網走郷土博物館に陳列されているいわゆるモヨロ人の人骨である。
彼はカバーの端をつかむと、手品師のようにさっとそれを引きはがした。その白い前髪も半円を描いた。それは完全な人骨だった。やるせなさそうに物思いに沈んだ姿勢で砂の上に座っている。すぐ近くの墳墓を発掘したときに発見されたものだという。眼窩や口腔、陰嚢の中、上腕骨や顎骨のあいだに、鮮やかな色のウニや貝殻がかわいらしく配置されている。
「どうだね! 人体の姿勢を忠実に再現したのだよ」
「すばらしい。でも貝殻は?」
「貝殻は遊びだよ」ニコラ・ブーヴィエ『ブーヴィエの世界』(みすず書房、2007年)157頁
人骨と貝殻。館長の頭の中では、北方から網走あたりにまで南下してきた海洋狩猟民ではないかと考えられている「モヨロ人」と目の前にいる海を越えてやってきた旅人ブーヴィエがどこか重なって見えたのかもしれない。館長自身そうであったに違いない、旅を故郷とするしかない同族の魂の面影を見ていたのかもしれない。森崎和江さんの語る、海の匂いがして、骨に貝殻がついた者たちの魂、、。
……もしもし日本人を自称しておいでのあなた。あなたはお気づきではないようですが、あたなは日本人ではありません。だって海の匂いがするもの。あなたの骨には貝がらがついているもの。美しいです。すてきだよ、あなたは。あなたの映像だけぬすんでいきます。ごきげんよう。
私はそんなぐあいに旅をしよう。もうとても堪えられないから。
森崎和江「海辺のつばさ(一)」(1976年)、『精神史の旅 4漂泊』13頁
参照