傷と笑顔

あの人と歩く夢を見た。あの人は記憶は傷のようなものだ、と繰り返しつぶやいていた。程度にはいろいろある。種類にもいろいろある。事故で負った傷、他人につけられた傷、自分で自分につけた傷、他人につけた傷、、。私にというわけでもなくぶつぶつ言ったかと思うと、見たこともない笑顔になった。あの人の言葉は、今しがた息を詰めて凝視しつづけたカラスアゲハの無音の羽ばたきのようにも聞こえた。そしてふと笑顔の皺の一本一本が深い傷に見えた。一番深い傷は他人につけた傷に違いないと思った。すると今度は、私はかつておまえだった。おまえはやがて私になるだろう、とかなり明瞭な声で言った。笑顔は消えていた。あなたは一番深い愛はどんなものか知っているか、と聞こうとしたら、夢から覚めた。