あなたは覚えているだろうか。あのしばれる冬の夜、雪の上に積まれた薪木に一緒に火を熾したことを。奄美やブラジルの精霊が現れたあの夜のことを。別れ際にあなたは言った。「もう会わないだろう」と。あれから何年経つだろう。あなたの旅の消息は途絶えがちな無線の声のように聞こえていた。果てしなく遠い場所を歩いているようにも、すぐそばを歩いているようにも思えた。素敵な詩集をありがとう。とてもいい詩集。レミングやフェイジョアの「感情」を知りたくなって、リンギスの『汝の敵を愛せ』(原題:Dangerous Emotions)と『異邦の身体』(原題:Foreign Bodies)を読み返したりしていたよ。私はあの冬の夜の火を忘れない。
アマゾニアの一部族にとって未来は背後にある
かれらにとって過去は目のまえにあり
そこでは自分がかつて演じたことがはっきり見えるという
私にとって私とすべての過去の私たちは
横一列の隊列をなして手をたずさえてすすんでゆくのだ
この燃えさかる平原を、断崖へとむかって
私という私たちは何という絶望のレミング
私と私の無知と私たちは心のない激しい群れ
誰にもみちびかれず
誰にもみちびかれず
・・・管啓次郎『Agend'Ars』12頁〜13頁
フェイジョア(斐濟果, Feijoa, Feijoa sellowiana Berg)
・・・
生き方をすっかり変えてしまおう
読むことだけが書くことの糸口に
なるような「文学」はいらない
ある土地を出て別の土地に移り住む
だけでは生命の沈思黙考が足りない
否定的な語法ばかりでは色彩が呼べない
犬も鳥も育たずサボテンは開花しない、だから
まず鉛筆を持たずに輪郭を想像せよ
それは生ぬるい夜に匂いたつ
潰れたフェイジョアの果肉
毎朝小航海に出て夜には星を眺める
あの大洋の島に住む漁民たちの視覚
だが「私」の生活は蜂を飼う隠修士のそれで
沈黙/饒舌の行のみが来る日も来る日もつづく
ただ「何もしないこと」を学んできたのだ管啓次郎『Agend'Ars』15頁〜16頁