らーめん平凡くじら屋





昼、昨日の散歩で見つけた真駒内名店街(一瞬「迷店街」という言葉が浮んだほど、そこだけ周囲から孤立し、異質な時間がゆっくりと流れているような好きな空間だった)の「平凡くじら屋」にらーめんを食べに行った。味のある暖簾や看板をはじめ、すべてが手作りの遊び心に溢れたブリコラージュ(Bricolage)的な店構えからは、独特の暖かみが感じられた。引き戸をあけ、店内に入る。先客は父子ひと組だけ。黙々とつけ麺を食べている。旨そうだ。インテリアもまた隅々まで手作り感、寄せ集め感に溢れていた。古い大きな箪笥がドンと置かれているのには驚いた。店主の顔が見えるようにカウンター席に座る。やや謎めいた看板メニューの「魚辛みそ」を注文した。「ありがとうございます!」と嬉しそうな声が返ってきた。お冷やはグラスではなく茶碗で飲む。渋い。カウンター右上に置かれた「赤」と書かれた紙片が貼り付けてある越乃寒梅四合瓶の存在が気になった。壁という壁には聞いたことのない昔の挿絵画家の絵や7年前に私も訪ねたカリフォルニアの死の谷(Death Valley)の不思議な写真などが貼られていて、目を楽しませてくれた。てっきり店主はもう厨房で作りはじめたと思っていたら、突然、近づいて来て、くじ棒のたくさん入った筒を私の前に差し出した。「お客さん、籤引きを」「え!? はい、、」「気合いですよ」 越乃寒梅四合瓶が当たるくじ引きだった。余りに突然の成り行きに充分気合いが入らなかったということもあり、ハズレだったが、愉快だった。先客の父子は見事に引き当てたという。店主の坂本さんは、くじ引きは幸運を自分の力で引き寄せるいい練習になると言う。過去に当たりくじを引いた少なからぬ客の前向きの生き方から学んだとも言った。とはいえ、決して堅苦しくも押し付けがましくもない話しぶりだった。坂本さんはいたって腰の低い、気さくで明るい人である。しかも何事に対しても視野を広く持ち、柔軟な発想を心掛けているようだった。



出てきた魚辛みそらーめんは見た目からインパクトがあった。海苔の上にのっているのは、唐辛子、海老、鰯の粉末である。基本のスープはバランスのとれた深いコクのあるよい味で、それだけで満足のゆく味だった。だが、坂本さんによれば、さらに「味の変化」が楽しめるように、試行錯誤の末に、三種の調味料を客が自分の匙加減で楽しむというかたちに到達した。実際に、すこしずつ三種の粉末をスープに溶かしていくことによって、微妙な味の変化を楽しむことができてよかった。最終的には一段と濃厚な味わいのスープになった。旨かった。



「味の変化」、さらに「味の立体化」について語る店主の坂本さん。


坂本さんは若い頃は鮨職人のかたわらほとんど寝ずに好きなイラストの仕事もしていたという。だが、売れるにつれ、欲望に負けてビジネスに振り回されるようになった自分が嫌になって、色々とあった末に、現在の仕事に辿りついた。どんな世界にもきっと通じる他人を幸せに巻き込むような本当の「創造性」を、坂本さんはらーめんの世界で発揮しているのだと思った。壁に貼られた多くの絵や写真の中に、坂本さんの若い頃のイラスト作品を二点見つけた。次回は「平凡くじら屋」という非凡なネーミングの由来について聞いてみたい。