キリストという思想

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ロバート・フランクRobert Frank, 1924-)の映画『イエスの罪(Sin of Jesus)』(1960)で天使に扮するジョナス・メカス


イエス・キリストと同じ日に生まれたために、誕生日の贈り物も、誕生日の手紙も貰えず、クリスマスプレゼントしか貰えないと嘆くジョナス・メカスは、キリストに対する奇妙な友情とでも言える連帯感を抱いている一方で、クリスマスが近づくといつも「キリストという思想」のことを考え始めて、眠れなくなるという。

多くのリトアニア人を虐殺したエンカヴェディストNKVDソビエトの内務人民委員会、後のKGB国家保安委員会のエージェント・代行者)たちに復讐するか、それとも赦すべきか。憎しみか愛か。本音とは裏腹に、キリストを支援する義務を感じると言う。

 私がイエス・キリストの政治路線を支持していることは、もはやあなた方には明らかだろう。これほどまでに、良き、賢い、実践的な考えに到達したものはいない。自らの隣人と敵への愛にまさるものはない。なんという革命的な思想だろう。マルクスレーニンよりも、フランス革命よりも、何百倍も革命的な思想だ! 愛。愛。これにまさる先進的、革命的、急進的な、あるいは困難な思想はないだろう!

 それゆえ私は座って、私たちに不正をなした者たちについて、(中略)考える。私たちはゆるすのか、ゆるさないのか。ゆるすと考えるのは、虚偽であり、見せかけにすぎない。私たちはいまだ神ではない。いまだに……。

 とても、とても複雑で難しい。私は眠れない。

「我らに負債ある者を我らのゆるしたる如く、我らの負債をもゆるし給え……」

 人生はすべて大いなる疑問符である。
(「第八の手紙 1994年12月」『どこにもないところからの手紙』113-114頁)

*1:『どこにもないところからの手紙』102頁の写真から。

コムクドリ、ケヤキの落ち葉、アイスキャンドル

札幌、晴。静かな朝。雪かきする人もいない。キュッ、キュッという雪を踏みしめる靴音が耳に響く。前方の電線にスズメよりも一回り大きな肥えた野鳥が二十羽近く止まっていた。一瞬、ヒヨドリかと思ったが、ヒヨドリ(鵯、Hypsipetes amaurotis)にしては尾は短く体型がずんぐりしているし、こんなに集団で揃った行動をとっているのを見たことがないし、何だろうと思いつつ、シャッターを切った。


帰宅後、『フィールドガイド日本の野鳥』で調べたら、コムクドリ(小椋鳥, Red-cheeked starling, Sturnus philippensis)だった。ムクドリ(椋鳥, White-cheeked starling or Gray starling, Sturnus cineraceus)にしては小型で、翼の白斑が一応の決め手になった。原生林ではヒヨドリが啼きながら樹間を飛び交っていた。


記憶に値するもの(2008-01-22)で「ニセアカシア(Locust tree, False acacia, Black locust, Robinia pseudoacacia L.)の落ち葉」と誤って記録したのと同種の落ち葉。正しくはケヤキ(欅, Zelkova tree, Zelkova serrata)の落ち葉。mmpoloさん(id:mmpolo)のご指摘があって、調べ直した。


これが斑の樹皮に特徴のある落ち葉の主で、最近購入した『樹皮ハンドブック』(非常に薄くてびっくりした。)などで確認した。

樹皮ハンドブック

樹皮ハンドブック

実は、ケヤキとイチョウの落ち葉(2007-12-30)で、同種の落ち葉をちゃんと「ケヤキ(欅, Zelkova tree, Zelkova serrata)」と記録していた。

サフラン公園入口の「マトリョーシカ」に見えていた雪塊は、案の定、標準的な雪だるまになっていた。毎年恒例のアイスキャンドルのイベントと連動しているようだが、詳しいことは不明である。

アイスキャンドルは小中学校の通学路の数丁にわたって、歩道と車道の境目に積み上げられた雪の上に整然と等間隔に並べ置かれている。昨年は雪に降られて一晩で埋もれてしまったのだった。

ジョルダーノ・ブルーノの素描を通して

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上:ジョルダーノ・ブルーノの素描(オリジナル)
下:ジョルダーノ・ブルーノの素描(構造図)


メカスの365日映画で3月22日(81日目)「有機的な外部記憶装置としての本 Giuseppe Zevola」以来何度も登場したイタリアのかなり変わったアーティスト、ジュゼッペ・ツェヴォーラ(Giuseppe Zevola, 1952-)は、ジョルダーノ・ブルーノGiordano Bruno, 1548-1600)のユニークな研究者としても知られる。4月28日(118日目)「"Theatre" Mars Bar, Giuseppe Zevola」(2007-04-28)でもセバスチャンにダンテを朗唱させ、自らはジョルダーノ・ブルーノに捧げる詩を朗唱していた。

『どこにもないところからの手紙』asin:4879956546の「第十三の手紙 1995年5月」のなかで、メカスはたくさんの頭を持つ「文明という怪物」、グローバリズムや「世界の均一化」の動向に対する「抵抗」について語りながら、訪れたナポリの良い意味での「古さ」を讃え、ナポリ在住のジュゼッペ・ツェヴォーラのジョルダーノ・ブルーノ研究家としての横顔を紹介している。ジュゼッペ・ツェヴォーラの研究の基本的な観点が面白い。

(前略)私がナポリで立ち寄った友人(ジュゼッペ・ツェヴォーラのこと:三上)は、いま床に座って、ジョルダーノ・ブルーノの「数学に抗して」の一連(サイクル:訳者)の素描を研究している。彼は私に言った。「ほら、ブルーノの研究者たちが作ったもの(写真下の構造図:三上)を観てごらん。彼らはブルーノの素描からディテールをすべて削ぎ落とした。残ったのはその形骸だけだ。彼のオリジナルが実際にどんなものだったか、今では知る人もいない。ほら、ここにパリに保存されているオリジナルから作った私のコピー(写真上のオリジナル:三上)がある。この違いを観てくれ!」違いは一目瞭然、子供にだって分かる。ところが、研究者は、ビジネスマンや美術商と同様、その違いが分からない。彼らにとってディテールやニュアンスは詩にすぎず、彼らには詩はもはや必要ないのだ。四百年前のローマにも詩は必要なかった。彼らはジョルダーノ・ブルーノを火刑に処した。彼は異端者! 汎神論者pantheist)! だった。彼は教会の前で……ああ、時代が悪かった……。(144頁)

ここで、ツェヴォーラ=メカスは、ジョルダーノ・ブルーノの素描の比較を通して、人生、世界、言語全般において、一見非本質的で余計で醜く感じられるかもしれない複雑なディテール(細部)や微妙なニュアンスを深く受けとる美的感受性を擁護している。それは「楽園の断片」というビジョンに真っすぐにつながる。

*1:『どこにもないところからの手紙』99頁の写真から

リトアニア語とカント

リトアニア語はインド・ヨーロッパ語族のなかでラテン語に比べられる古さを持ち、サンスクリット語との類縁性が指摘されるなど、比較言語学のうえで重要な言語とされているが、ジョナス・メカス『どこにもないところからの手紙』(asin:4879956546)の「第十八の手紙 1996年10月」のなかでメカスはリトアニア語についてこう書いている。

ああ、リトアニア語の美しさ! リトアニア語は人々が方言で話す時がいちばん美しい。それらの単語が独自に響きあう、あのなんともいえないイントネーション、あの特徴! 私はカントの『リトアニア語辞典』(正しくはミールケの『リトアニア語辞典』に寄せた哲学者イマヌエル・カントの序文------訳者)を見たことはないが、そこからの引用を読んだことがある。その驚くべき引用にはこうあった。「リトアニアは国として生き残らねばならない。なぜならその言語------リトアニア語は、言語学のみならず、歴史の秘密を解く鍵だからである」(175頁)

え?カントとリトアニア語?と疑問に思われるかもしれないが、カントの生誕地として知られる旧プロイセン王国の首都ケーニヒスベルク(現在はロシアのカリーニングラード)リトアニアポーランドに挟まれた飛び地で、まわりにはリトアニア語を話す農民の農地があったという*1

カントがリトアニア語に見てとったらしい「歴史の秘密を解く鍵」とは何か?

ミールケの『リトアニア語辞典』に関しては、「カントの略年表」に、1800年(76歳)に「クリスティアン・ゴットリープ・ミールケの『リトアニア語・ドイツ語辞典』に「後記」を寄稿。」とある。「序文」に関しては不明。

リトアニア語そのものに関しては、リトアニアの音楽家ヴィータウスタス・バルカウスカスが2005年に東京大学で行った特別講義録「リトアニアの歴史・文化・音楽」の中に、サンスクリット語との間の興味深い近縁性の指摘がある。

リトアニア語は非常に古く豊かな言語で、印欧語族の中で最も古いバルト語派にラトビア語とともに属しています。サンスクリット語に非常に近く、例えば「夜」という語はサンスクリット語でもリトアニア語でも「ノクティス」です。また、リトアニア語で「ディエバス ダーリ ダンティス ドウオス イル ドウオノス(神は歯とパンを与えたもうた)」という文章は、非常に興味深いことですが、サンスクリット語でもほとんど同じです。

日本で出版されているリトアニア語関連の学習書は、現在のところ下の四冊しかない。やはり、メカスの本を訳している村田郁夫氏によるものが嚆矢である。

リトアニア語基礎1500語

リトアニア語基礎1500語

役に立つリトアニア語 POD版

役に立つリトアニア語 POD版

ニューエクスプレス リトアニア語

ニューエクスプレス リトアニア語

ラトビア語基礎1500語

ラトビア語基礎1500語

リトアニア語およびリトアニア全般の情報に関しては、以前触れたLangasが参考になる。

*1:Philosophia BBS Topic 679「カントの故郷はリトアニア」沼野充義「歴史と民族の交差する場所で」(『現代思想:総特集カント』所収)参照。