キリストという思想

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ロバート・フランクRobert Frank, 1924-)の映画『イエスの罪(Sin of Jesus)』(1960)で天使に扮するジョナス・メカス


イエス・キリストと同じ日に生まれたために、誕生日の贈り物も、誕生日の手紙も貰えず、クリスマスプレゼントしか貰えないと嘆くジョナス・メカスは、キリストに対する奇妙な友情とでも言える連帯感を抱いている一方で、クリスマスが近づくといつも「キリストという思想」のことを考え始めて、眠れなくなるという。

多くのリトアニア人を虐殺したエンカヴェディストNKVDソビエトの内務人民委員会、後のKGB国家保安委員会のエージェント・代行者)たちに復讐するか、それとも赦すべきか。憎しみか愛か。本音とは裏腹に、キリストを支援する義務を感じると言う。

 私がイエス・キリストの政治路線を支持していることは、もはやあなた方には明らかだろう。これほどまでに、良き、賢い、実践的な考えに到達したものはいない。自らの隣人と敵への愛にまさるものはない。なんという革命的な思想だろう。マルクスレーニンよりも、フランス革命よりも、何百倍も革命的な思想だ! 愛。愛。これにまさる先進的、革命的、急進的な、あるいは困難な思想はないだろう!

 それゆえ私は座って、私たちに不正をなした者たちについて、(中略)考える。私たちはゆるすのか、ゆるさないのか。ゆるすと考えるのは、虚偽であり、見せかけにすぎない。私たちはいまだ神ではない。いまだに……。

 とても、とても複雑で難しい。私は眠れない。

「我らに負債ある者を我らのゆるしたる如く、我らの負債をもゆるし給え……」

 人生はすべて大いなる疑問符である。
(「第八の手紙 1994年12月」『どこにもないところからの手紙』113-114頁)

*1:『どこにもないところからの手紙』102頁の写真から。