私はVHSが好き


妻と近所の生協に買い物に行ったら、中古の音楽CDと映画VHSビデオの100円均一「叩き売り」コーナーが目に留まり、映画に目がない私は買い物は妻に任せて、そのやや殺伐とした空間に滑り込み、かなり集中して物色した。そこにはレンタルビデオ屋でお役御免となった、戦力外通知を受けたかなりくたびれたビデオテープたちが、どういう経路を辿ってか知らないが、最低限のお色直し(簡易包装)をされて、ちょうど腰くらいの高さに据えられた縦1m横2m深さ20センチくらいの箱の中に背を上にして二段に積み重ねられていた。そんな箱が8つあった。ふと箱の下の隙間に目をやると、びっしりと段ボールが置かれていて、その中にも同じようなビデオがぎっしり詰まっていた。上の品が捌けてきたら、下の段ボールから補給するという仕組みだ。

かつて映画館で観たものやBS放送で観たものなど、私にとっては懐かしい、当時の様々な記憶がからみついた映画がちらほらと目に入る。二段に積み重ねられているので、下のビデオをチェックするには、上段のビデオを持ち上げるか横にずらさなければならない。私は丁寧に丁寧に持ち上げたりずらしたりして、下段のビデオもチェックしていた。ふと顔を上げると、眼光鋭い中年の女性が、そんな私の様子に苛ついたのか、あるいはある種の対抗意識からなのか、あまり良くない感じのオーラを発散しながら、私が物色している箱にじわじわと近づいてくるのが目に入った。一瞬、なぜか、これはやばい、早くしなければ、という姑息な思いが脳裏をよぎった。なんて器の小さい男だ、俺は。次の刹那、私はその箱を後回しにすることに決め、スーッと隣の箱に移動した。そして彼女とは一定の距離を保ちながら、なんとかすべての箱のビデオを一通り物色し終わった。

その成果は、『そして人生はつづく』、『ディーバ』、『ロスト・ハイウェイ』、『ZOO』、『博士の異常な愛情』、『バーディ』、『イル・ポスティーノ』の7本だった。満足だった。代金は合計700円。各パッケージに印刷された定価の合計は56308円だった!超お買い得の買い物をした痛快な気分にも浸れた。

一番最近の思い出の引き金になったのは、チリからナポリの小島に亡命した時の詩人パブロ・ネルーダと島の貧乏な若者マリオ(彼が郵便配達人=イル・ポスティーノ)との交流を描いた『イル・ポスティーノ』で、一昨年スタンフォードに滞在中、ちょうどネルーダ生誕100年を祝うシンポジウムがあって、それに参加したときの色んなことが思い出された。ちなみに『イル・ポスティーノ』は定価16000円。

ところで、私はVHSビデオが嫌いではない。時代はDVDだし、VHSなんて、劣化するし、かさばるし、何もいいことはない、と考える向きも多い。VHSに録画した映像をすべてDVDにダビングし、VHSは廃棄した知人たちも多い。しかし、私は劣化し、かさばるVHSビデオがなぜか好きなのだ。特に映画にはなぜか相応しいメディアであるような気さえする。