リーナス・トーバルズの美しい欲望の持ち方

あらゆる面で対照的と思われがちなIT世界の二人の人物、先頃08年に引退することを表明したビル・ゲイツオープンソースの代名詞となったLinuxの生みの親リーナス・トーバルズを公平な目で見つめ、それぞれの哲学・思想を深く見極めようとする梅田さんの報告を読んで、深く感じることがあった。
ビル・ゲイツについては、
シリコンバレーからの手紙119「虚をつかれ、感動したビル・ゲイツ「後半生」の選択」
http://book.shinchosha.co.jp/foresight/web_kikaku/u119.html
リーナス・トーバルズについては、
Linus Is Happy」
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20060823

世界一のアントレプレナー(entrepreneur)と言っていいビル・ゲイツに関しては、梅田さんもある時期までは、起業家、経営者としては傑出した才能をもっていたかもしれないが、それ以上ではないと見切っていたようだ。だが、よい意味でゲイツは変わった、その変貌の意味をきちんと理解しておいたほうがいい、と梅田さんは語る。

ゲイツはこれから先「本当の引退」に至るまで、六百億ドルから一千億ドルの運用資金のもと、年間三十億ドルから五十億ドル規模の拠出金で、世界中のプロジェクト群から選び抜いた慈善事業ポートフォリオ(医療、教育……)を組成し、個々のプロジェクトの成果を厳しく評価しながらポートフォリオを組み替え、投資対経済効果ならぬ寄付対社会貢献効果の最大化を目指すのだ。まだ誰もやったことのないスケールで、未踏の領域に彼は足を踏み入れていくのである。/カネを稼ぎ増やすよりも、カネを正しく使うことのほうがずっと難しいことを、聡明なビル・ゲイツは理解しているに違いない。これだけの規模でカネを正しく使うには、哲学や思想が不可欠だからだ。/私は、彼の変貌を素直に喜び、彼の挑戦に心からエールを送りたい。グーグルの創業者たちを含むシリコンバレーの若い起業家たち、いやこれから生まれる世界中の起業家たちにとっての「後半生における素晴らしいロールモデル(お手本)」となってほしいと思うからである。

稼いだカネの使い方を左右するのは、梅田さんが言うように、確かにある意味では哲学や思想のあるなしである。しかし私が微かにひっかかるのは、そしておそらく梅田さんもそこを狙っているのではないかと推測するのは、ビル・ゲイツの哲学・思想を超える可能性を秘めたリーナス・トーバルズの哲学・思想である。
梅田さんは、この点に関しては、いつものように、非常に慎重に探りを入れ、「Red Herring」誌8月21日号に掲載されたリーナス・トーバルズのインタビュー記事から、彼の言葉遣いの重要なポイントを簡単に抽出するに留めている。しかし、その抜粋紹介を読むと、梅田さんがトーバルズに深く共感していることが窺える大切なポイントが見えてくる。
それは「長い時間かけてやっと『受容・承認』され『認識・理解』され」るような「考え方」であり、あくまで「個」としての「関心」に「意識的」に「集中する」ことであり、「オープンなマーケットメカニズム」を心底信頼できる「センスの良さ」であり、梅田さんが「果敢な行動主義」として称揚するシリコンバレー精神の一要素に呼応する「プラグマティズム」であり、そしてそれらすべてを根底から支える「happy」の感覚である。
この最後の「幸福感」こそが、リーナス・トーバルズの哲学・思想の秘密を解く鍵だと私は直観した。それは多分、茂木さんが重視する「美しい欲望の持ち方」にも繋がっている。
試しに日本語版ウィキペディアで「リーナス・トーバルズ」の項目をチェックしてみた。すると、大変興味深いエピソードがのっていた。

リーナス・トーバルズは、)マイクロソフトの上級副社長クレイグ・マンディがオープンソースソフトウェアには新規性はなく、知的財産権を破壊するものだと批判したのに対する反論として送ったEメールの中で次のように述べた。「マンディはアイザック・ニュートン卿について聞いたことがあるのかねえ。彼は古典力学(および、りんごの木の話で知られる重力理論)の基礎を築いた点で著名であるだけでなく、彼がその業績に対して先人への感謝を示したやり方でも有名なんだ。『私がはるかかなたを見渡すことができたのだとしたら、それはひとえに巨人の肩に乗っていたからだ。』(…中略…)私はマンディよりもむしろニュートンの意見を聞いてみたいよ。亡くなってから300年もたちましたけど、あなたの意見はまだ古臭くなってませんよねってね」。

まだうまく言えないが、トーバルズは彼の実人生を「後半生」など必要のない、深さと広さで設計してきた人間であるような気がする。フィンランド生まれの37歳の哲学・思想はかなり魅力的だ。