早朝、日課の風太郎との散歩中、山ブドウの熟した実や、名前を知らない木の実が眼に入った。北へ向かう定番のコースの前方には、朝日を浴びた藻岩山が微笑んでいるように見えた。と、ぽこっと、音を立てて、何かが頭だけ飛び出したような気がした。その頭をを引っ張り上げたら、「詩」のような姿をしていた。
奄美の精霊が私の耳元で囁く
書け、書けるだけ書け、
何を?
思い出したことを
ありのままに
偽らずに
書き記せ
何のために?
答えは
お前が書き記したもののなかに
ある
出来過ぎのような気がするけど、本当。
(数時間経過)
今しがた、専門演習1を終えた。札幌では風邪が流行っている。M君も、N君も熱をおして、無理して研究室に来た。偉いけど、うつすなよ、と言いながら、早速M君の近況報告。「1週間で、自分を、人生を変えられる」がモットーの三上ゼミでは、(本当は「1日で変えられる」にしたいと思っている)1週間の「成果」を報告することになっている。
M君は世界のどこにいっても生きていける人間になりたいという崇高な目標の達成のために、いろいろと計画をたて、実践にうつしている偉いやつだが、英検1級の試験を受けて首尾は上々という。そしてそれ以上に、おお、よくやった、と私が褒めたのは、自分のブログへの取り組み方を深く考え直して、今までのブログを昨夜「潰した」、そして、新しいアイデアに基づいて、再開しようとしたが、発熱でぼーっとした頭では、それ以上は無理だった、という報告であった。彼はできなかった部分を強調して反省していたが、私はできたこと、「潰した」ことを大変評価し、賛辞を送った。彼は本質的な一歩を確実に踏み出した、と私は確信した。
ネット体験ほぼゼロのN君も、ひどい風邪に悩まされながらも、自力でなんとかブログを立ち上げたが、コンテンツは未だ何もない、と小声で報告した。しかし、ほぼ無知の状態からブログを立ち上げただけでも、大したもんで、その踏み出した一歩、アクションが大切なんだぞ、と励ました。
三人で『都市の深淵から』の前半、詩人の吉増剛造さんが東京下町に住む写真家荒木経維さんを訪ねて、下町を一緒に歩きながら、映像と言葉をめぐって、世界をめぐって、深い対話を交わすビデオを鑑賞した。観賞後の二人の感想はそれぞれに独特で素晴らしかった。特に、N君はすでに貸してあった『Alive Overseas 1997-2000 Nobuyoshi Araki』を見ていたこともあり、ビデオ編集の「くせ」に関するつっこんだ指摘があったり、また、荒木さんに全く無知だったM君は、一発で荒木さんの二面性と吉増さんの「言葉の出し方」の背後に控える「思考」のあり方を見抜いたので、私は驚いた。私の方からは、荒木さんが五台のカメラを駆使し、吉増さんが五本のペンを駆使している意義とそれに相当する内外の体験を大切に記録する複数の映像と言葉によるツールを一日でも早く身に付け、その成果を少しずつでいいから、ブログに投げ、蓄積していくよう、アドヴァイスした。
最後に、自分の「根っこ」を深いテーマにした話題を彼らに振った。素材は2006年10月19日(木曜日)朝日新聞朝刊24面(道内版)に小さく取り上げられていた「故郷の映画館 自主制作の映像に/坪川拓史さん(34)」だった。噴火湾に面した渡島支庁長万部町に生まれ育った坪川さんは、高校卒業後、東京に出たものの、色々な体験を積んで、結局は長万部町に戻り、そこで取り壊されることになった古い映画館を舞台にした映画『美式天然(うつくしきてんねん)』を、アルバイト生活をしながら9年がかりで完成させた。12月の函館港イルミナシオン映画祭での上映が決まっている。『美式天然』には吉田日出子さんや高木均さん(故人)が無報酬で出演している。
坪井さんにとって、その映画の舞台となった映画館は実は主役でもあったはずだ。彼は言う。「生まれたときに映画館は閉じていた。近くで遊び育った。大きな樹のような存在だった。」素晴らしいだろう、この感性。「大きな樹」というイメージが孕む人間にとって本当に必要な何かを、坪井さんはしっかりとつかんでいる。それは単に行政的なかけ声としての「地元」とか「地場」ではなくて、もっと深い、ある意味では「長万部」であることを遥かに超える普遍性へとつながりもする「根」というものの思想に関係しているんだよ、等々。しゃべてっているうちに、私も喉が痛くなってきた。やばいかもしれない。