根をつくる、故郷をつくる

ひとりの学生が研究室を訪ねてきた。出し抜けに「彼」は言った。「先生がやろうとしていること、僕らも鼓舞しようとしてやっていることは、根をつくること、故郷をつくるってことですよね。」私はぎょっとして、聞き返した。「ど、どうして、そう思ったの?」「先生が見せてくれたジョナス・メカスの映像や彼の書いた文章がありましたよね?」「ああ。なつかしい。」「あのとき、感じたんです。たしかメカスさんは、『私の故郷は映画だ』と言っていたでしょう?先生はその言葉を取り上げて興奮気味に色々語ってくれたけど、先生の言ったことはよく分からなかった。でも僕はピンと来たんです。」「何が?」「メカスさんは映画の中に自分の根、自分の故郷を作り上げて来たんだってことです。だから、それはリトアニアでもニューヨークでも実はなくって、彼が行くところは、どこでもそこが彼の故郷になるような、そんな持ち運びさえできる根をメカスさんは映画という形の中にしっかりと作り上げてきた人なんじゃないかって思ったんです。それは別に映画じゃなくてもいい。吉増さんの場合は詩なのかもしれないし、荒木さんの場合は写真だろうし、音楽家は音楽だろうし、ダンサーはダンスだろうし、形はいろいろあっていいと思うんです。で、僕の場合は実家の仕事を手伝うことかもしれない。まだ分からないですけど。そこで、お聞きしたかったのは、先生の場合、それは一体何なんですか?先生は一体どこに、何に、ご自分の根、故郷を作ろうとしているのですか?是非、聞かせてください。」

ハッとして、目が覚めた。夢だった。寝汗をかいていた。見た夢を久しぶりに鮮明に覚えている。でも「彼」の姿ははっきり見えなかった。昔の自分のような気もするし、昨年やむを得ない事情で退学したS君のような気もする。彼とはジョナス・メカスの映像や青山真治監督の『路地へ 中上健次の残したフィルム』などを一緒に見て、色々議論したのだった。

かなり乱暴に書いてしまった間違いだらけの前エントリーは、どうしても経由しなければいけない地点だったような気がする。「映画」とは本当は何か?その答えは、私の記憶の中にちゃんとしまわれていた。しかもそこには、S君との出会いもあった。

アメリカ、奄美、札幌、そして(これから行く)東京を結ぶようにして、私が何かに突き動かされるようにして無意識に追い求めて来たのは、「根をつくる、故郷をつくる」、どこにでも持ち運びできるような、どこにでも植え付けられるような「根」をつくり、どこででもそれを育てられるような故郷というものの普遍的な姿をつかむことだったのだと気がついた。そして、私の場合には、それはもしかしたら、インターネット、特にこのブログなのかもしれない。私はここに、自分の根が育つような故郷を作ろうとしているのかもしれない。

「ブログに故郷ですか?大丈夫ですか?」昔の自分かS君か判然としない「彼」がそう言ったような気がした。

(起床してすぐ、台所でコーヒーをいれながら、見た夢を忘れないように、小さなホワイトボードにこんな風に記録したのだった。妻が買い物リストを記録するのに使っている所帯染みたホワイトボードだが、最近私が愛用している。寝起きで、手帳やペンは間に合わない。美崎さんはどうしているのだろう。SmartWriteを駆使しているのだろうか。)