無惨な姿の白樺を見た日、『9.11-8.15日本心中』を観た

今朝の散歩では、コンビニで買い物があったために、いつものコースを途中から外れた。とはいえ、初めての道ではない。何度も通ったことのある道である。しかし、かつてなら目に留まらなかったものが目に留まったり、なぜか空の色が変色して写っていたり、謎の写真があったりした。その中でも衝撃的だったのは無惨な白樺の姿だった。

この姿に何も感じない大人たちが作ったのが今の日本社会なのだと思った。

今日は札幌大学で「日本の近代の闇を抉る」『9.11-8.15日本心中』の上映会があり、大浦信行監督と今福龍太さんの対談があった。特別試写会を除けば全国初上映の記念すべき時間に立ち会うことができた。2時間20分の映画を観ながら、スクリーンからの反射光の下で、私は手帳にメモを取り続けた。そうしながら「分かりたい」と切に思いつづけたのは映画には写っていない大浦監督の人生だった。対談が終わり、わずかの質疑応答時間に、私は迷わず質問した。しかし時間切れで、その問は問のままに残された。それもまたよい。映画そのものについては、改めて批評するつもりである。同僚の石塚さんと千恵子夫人、そして石塚ゼミの学生さんたちの尽力によって、懇親会も和やかな雰囲気のなかで進んだ。再会した今福さんとは奄美体験、歴史に対抗する神話的時間、記憶と忘却、等々を巡って、高速の会話を交わした。今福さんは用事のため東京へトンボ帰り。その直前にお二人の後ろ姿を撮った。

手前左が大浦信行監督、右帽子姿が今福龍太さん。