野鳥の生活型

数日前から急に野鳥の姿を見かけなくなって、ちょっと気になって『フィールドガイド 日本の野鳥』を調べてみた。このガイドブックの最大の特徴は鳥類の専門的で古典的な分類(タクソノミー)*1と、実際に野外で観察される野鳥とをつなぐ、フォークソノミー的といってよい野鳥の特徴に基づいた分類が駆使されているところにある。「急に野鳥の姿を見かけなくな」ったときに、「どうしてだろう?」という疑問に答えてくれるのは、野鳥のライフスタイル、特にその「渡り」と呼ばれる生活移動パターンである。これは野鳥の「生活型」と言っていいだろう。それにしても、やはり自然界に存在するものを分類することは非常に難しいことを改めて痛感した。

日本で野生状態で記録された鳥は505種だという。この中には絶滅した種や一回しか記録のないものも含まれる。そして標本や写真資料のみの鳥が50種ある。『フィールドガイド 日本の野鳥』ではそれらを合わせた555種を「日本の鳥類」として扱っているが、日本以外では記録がないという意味で日本特産ではあるが、50年以上記録がなく、すでに絶滅したと考えられる5種と、国外には生息しているが日本では絶滅したと思われるもの8種を除いた547種が「日本の野鳥」と見なされている。

日本はアジア大陸の東端に位置する列島であるから、当然渡り鳥が多いと考えられるが、渡りによって日本の鳥を分けることは非常にむずかしい(9頁)

という。なぜなら、「渡り」にはいくつものパターンがあるだけでなく境界例も多いからである。

あえて分けてみると、留鳥は約36%、冬鳥は約22%、迷鳥は約16%、旅鳥は約15%、夏鳥は約10%、特殊な渡りの海鳥役1%となる。(9頁)

留鳥/冬鳥/迷鳥/旅鳥夏鳥(/特殊な渡りの海鳥)、という「渡り」の分類は明らかに基本的に「人間の観点」、しかも「日本列島に住む人間の観点」からの分類である。各分類の基準はおよそ次のようである。

留鳥:周年日本のどこかで見られる鳥
夏鳥:春、南から渡って来て日本で繁殖する鳥
冬鳥:日本よりも北の地域で繁殖し、秋に日本に渡来して越冬する鳥
旅鳥:日本よりも北の地域で繁殖し、日本よりも南の地域で越冬し、日本には春と秋に立ち寄る鳥。
迷鳥:日本で従来1回〜数回しか記録のない鳥。
(9頁-10頁)

しかし、当然ながら、人間の観点を裏切る例外にも事欠かず、結局、

これらの例から鳥類の生息状況は固定的なものではないことが判る。(10頁)

と「渡り」方による分類の限界を著者(高野伸二さん)は告白している。

しかし、所詮、人間はローカルな存在であることを免れないのだから、そのローカルな場所での野鳥との交渉の記録として「渡り」の分類は人間の記録の一部にもなる、と考えるべきだろう。ちなみに私が最近出会った野鳥たちは渡りの分類では次のようである。留鳥のなかには山地と低地を移動する漂鳥という下位分類もあることを知った。

ヒヨドリ留鳥(漂鳥)
ツグミ:冬鳥
アカゲラ留鳥
キレンジャク:冬鳥
エゾビタキ旅鳥
ヤマガラ留鳥(漂鳥)
シジュウカラ留鳥(漂鳥)
キバシリ留鳥
ゴジュウカラ留鳥
シメ:冬鳥または留鳥
ウソ留鳥

「渡り」という野鳥にとっての「生活型」に目を付けた分類は、野鳥のライフスタイルの特徴をとらえたものである半面、そこには観察する人間の根本的にローカルな観点も反映している。簡単に言えば、ツグミキレンジャクやエゾビタキなどの冬鳥や旅鳥にとって、日本列島は、それこそ固定的に存在しているわけではないからである。気候が大きく変動すれば、彼らは日本列島には渡来しなくなるであろう。同じことはもっと狭いロケーションの中でも起こるだろう。その意味では、「渡り」の分類は極めて相対的で頼りないものに思われるかもしれないが、逆に、渡りの変化はそれこそ人間の生活型と少なからず連動した地球環境の変化のシグナルにもなりうるだろう。つまり、一種の野鳥を観察することは、地球を観察することにつながっている。多くの人が実感している当たり前のことなのかもしれないが、私は朝の散歩の短い時間に実は間接的に地球とも対話しているのだと想い描くことは、悪くない。

*1:ウェットモアの分類系。「日本の野鳥一覧」「日本の野鳥一覧 (Sibley)」参照。