キバシオオライチョウ(urogallo)はヨーロッパオオライチョウ(Capercaillie)だった


ヨーロッパオオライチョウ(Capercaillie)*1


志村啓子さんが訳されたマーリオ・リゴーリ・ステルン(Mario Rigoni Stern, 1921)の『野生の樹木園』(みすず書房、2007年)の訳業の素晴らしさを通してステルンの思想に興味を持った私は、やはり志村さんが2004年に翻訳を出された同じ著者ステルンの評判高い『雷鳥の森』(みすず書房)を先週末から読んでいる。これは著者の第二作目で、原著IL BOSCO DEGLI UROGALLIは1962年にTorinoのGiulio Einaudi社から出た。(なお、『野生の樹木園』の原著ARBORETO SALVATICOは1991年に同じ出版社から出た。二著の間にはおよそ三十年の歳月が流れている。)

タイトルにも使われ、本文にも登場するこの本の野生を象徴する「雷鳥」、原語urogalloについて、周到にも志村さんは「あとがき」のなかでちゃんと触れている。

 タイトルを原題どおりに訳すと『キバシオオライチョウ(黄嘴大雷鳥)の森』となるところだが、これでは原語の<ウロガッロ>という音の切れ味が感じられない。またこの物語には、ほかにも二種のライチョウが登場することから(原語では三種の名ははっきりと異なる)、単に『雷鳥の森』とすることにした。
 わたしたちが思い描く雷鳥と、アルプスに棲息する種とは、かなりの隔たりがある。ライチョウ猟はこの作品の大切なモチーフなので、少し説明したい。アジャーゴの高地の猟師たちの垂涎の的であった(現在は禁止されている)キバシオオライチョウ(urogallo)は、キジ科オオライチョウ属の鳥で、雄の体長は一メートルほど、体重は四キロもある。この地域ではワシに次ぐ大きな、しかも姿も色彩もみごとな鳥で、まさに森の王者と呼ぶにふさわしい。クロライチョ(forcello)、も同じオオライチョウ属だが、こちらはかなり小柄で、体重は一〜二キロほど。鎌のようなY字形のりっぱな尾に特徴がある。別にライチョウ属というのもあって、その中のライチョウ(pernice bianca)という種が、わたしたちがふつうイメージする雷鳥に近いものと考えてよい。

あいにくこれでもまったく「キバシオオライチョウ」のイメージが湧かなかった私は仕方なくグーグルで検索した。そして意外だったのは、和名「キバシオオライチョウ」はあまり使われず(165件)、「ヨーロッパオオライチョウ」が一般には使われている(506件)事実だった。

実物の写真ではこんな、ヨーロッパオオライチョウは、学名はTetrao urogallus、英名はCapercaillieである。面白いことに、同名のスコットランドのフォーク・バンドが存在する。さらに、Capercaillieはゲール語で「森の馬」を意味するcapull coille(horse of the woods)に由来する。

ところで、『雷鳥の森』は、志村さんが「あとがき」で銘記しているように、「この一連の物語は、野生を重要なモチーフとしているが、全篇に通奏低音のように漂っているのは、歴史の息遣い、とりわけ戦争の気配である」のはたしかだが、戦争という背景がなかったとしたら、価値が減じるかといういうと、そうではないと私は感じた。仮に「物語」としては成立しがたくとも、ステルンの「眼差し」は、例えば、志村さんや私の住む現在の日本の地方都市、札幌においてだって、普遍的に通用する「価値」をもっているはずだと思う。だから、私は一方では試みに敢えて『雷鳥の森』を「戦争」という背景、脈絡を消し去って「読む」ということをしている。そうして見えてくるのは、例えば次のような何気ない記述に示されるステルンの「眼差し」である。

山並みではなく、敷きつめた砂利の間に雑草が生いしげる道の端を見つめながら歩いた。
(『雷鳥の森』7頁、「向こうにカルニアが」)

*1:from Naumann, Naturgeschichte der Vogel Mitteleuropas 1905. This image has been released into the public domain by the copyright holder, its copyright has expired, or it is ineligible for copyright. This applies worldwide.