世界にはまだ歌が生きている場所がある、南仏Antibes:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、8月24日、236日目。


Day 236: Jonas Mekas
Friday, August 24th, 2007
6 min. 30 sec.

with agnes
somewhere in
Antibes -- there are
places in the world
where people are
still singing

アニエス
アンティーブ
のどこかで…世界にはまだ
歌が生きている場所がある

ピカソが愛したことでも知られる*1南仏の小さな、しかし古代ギリシアからの歴史が堆積する、港町アンティーブの旧市街。中世の佇まい、下町の路地の風情が色濃い夜の通りを行くメカス一行。セバスチャンがちらりと写る。最近の映像のようだ。案内人を兼ねているのは、アニエスこと、アニエス・ベー(agnes b., 1941-)。あのブランドの創設者でもあるデザイナー。今までフランスが舞台になったときによく登場していた柔らかい洗練された物腰の婦人。あの人はアニエス・ベーだったのか。7月9日の「怠惰(laziness)」が主題の会話にも登場していた粋な女性。英語の"laziness"はフランス語では"nonchalant"よとメカスに教えていた人。

歌が聞こえている。突き当たりで人だかりがしている。その陰に隠れて姿の見えない男たちの、シンプルに人生を謳歌するような大きく波打つような歌が聞こえる。懐かしさの感情を惹起する。違うかもしれないが、船乗りの歌のような気がした。メカス=カメラが近づくも、人ごみに紛れて歌い手たちの姿を識別することができない。

その突き当たりに面したひとつの扉が開いていて、その中に大きな空間が控えているのが仄見える。メカス一行はその空間に入る。地下へ降りる階段がある。その下にあったのはかなり古い教会だった。表の歌声が微かに聞こえるが、すでに空気は教会の空気だ。歌声の波動は教会内部の壁にすーっと吸い込まれていくようだ。照明は点在するロウソクの焔のみで薄暗い。ベン・ノースオーバーの姿がちらりと写る。かなり大きな礼拝堂で、祭壇のある正面部分はドームになっている。突然、乙女たちのミサ曲の合唱が始まった。カメラ=メカスは祭壇の方を振り向く。その前に跪いている人の頭の列がかろうじて識別できる。メカスはしばし聞き惚れている。

場面は替わり、明るい部屋に入る一行。乙女たちの歌声はまだ聞こえる。観光客向けの教会に関する資料などが置かれている部屋のようだ。アニエスが大判の紙一枚に印刷された文書を手にしている。それを覗き込むセバスチャン、そしてカメラ=メカス。「L'eglise et son tresor(教会と遺産)」というタイトルの文書で、アニエスはある箇所を指差しながら、何やら説明しているが、聞き取れない。18世紀とか1400年代の数字が見える。目を上げたメカス=カメラは、かなり古そうなマリアの聖像画を捉える。「これは特別だ」とメカスの独り言のような声が聞こえる。

階段を昇り、表に出る一行。男たちの歌がまだ続いている。人だかりはさっきよりも大きくなっている。道端に座りこんでいる人たちもいる。歌声がする方に接近するメカス。サックスを吹く男二人、シンバルを打ち合わせる男一人、それに歌う男たち数人がかろうじて見える。奏者たちとその他の人たちの境目が分からない。住人らしい人たちと旅行客らしい人たちとの境目もよく見えない。歌の輪がどんどん広がっているようだ。ちょっと離れたところで男たちの歌に合わせてギターを演奏する若者もいる。

ベン、アニエス、セバスチャンの三人は歌に合わせて踊るかのような足取りでメカスを置いてその場を離れていく。メカスはその場を離れ難いようだ。

*1:12世紀に建てられたグリマルディ城はピカソ美術館になっている。