She is Shigeko Kubota:365Films by Jonas Mekas

ジョナス・メカスによる365日映画、9月13日、256日目。


Day 256: Jonas Mekas
Thursday, September 13th, 2007
6:01 min.

Shigeko Kubota's
show opens at
Maya Stendhal
Gallery -

シゲコ・クボタの個展が
マヤ・スタンダール・ギャラリー
で始まる


ナム・ジュン・パイク(Nam June Paik, 1932-2006)夫人のシゲコ・クボタ久保田成子, Shigeko Kubota, 1937-)は7月27日のフィルムで、車椅子生活を余儀なくされた最晩年のナム・ジュン・パイクに寄り添っていた。

今日のフィルムには、フルクサスの運動をはじめ60年代以降のニューヨークの芸術文化活動の生き証人でもある、一人のアーティストとしてのShigeko Kubotaが登場する。マヤ・スタンダール・ギャラリーでの「個展」とは「ナム・ジュン・パイクとの人生:ビデオ彫刻とインスタレーション」展のことで、9月6日から10月27日まで開催される。マヤ・スタンダール・ギャラリーの公式サイトでは個展の概要や写真紹介だけでなく、個展の背景と意義に関する解説、クボタの伝記、年譜、メカスによるクボタ論、クボタによるナム・ジュン・パイク論、脳卒中から生還できたことを献身的に看護してくれたクボタに感謝を捧げる2003年3月24/25日の日付のあるナム・ジュン・パイクの風変わりな「日記」なども掲載されていて充実している。

その「日記」の中で、妻シゲコ・クボタの最高の料理が紹介されているのが目にとまった。

1. Yuba (old Kyoto style the essence of Soy = Tofu).
2. Shitake = Mushroom
3. Shumai with much garlic and crabcake.
4. Green peppers and Zucchini, Zucchini means money in Italian.
But the most important is Ginger Soup, which promotes the Urine and promotes
Metabolism. It is why I survived the 96 stroke and am still OK at 70 years old.

2003 March 24-25
Miami, Ocean Drive 1390
Apt 402
Thanks Shigeko K.
Who is also a great Artist and
great Nurse and a
great Human Being

メカスとクボタは旧知の仲である。フルクサス運動の同志といってもいい。クボタは若い頃メカスからビジュアル・アートの本質を学んだと述懐している。メカスはナム・ジュン・パイクの陰に隠れがちだったシゲコ・クボタを優れたアーティストとして精神的に支援しながら現実にも前面に押し出す役を買って出ているようだ。

今日のフィルムの構成:
1. まだ他に人のいない(おそらくオープン前の)個展会場でパイクを彷彿とさせるクボタの主要な作品を静かに撮影するメカス。
2. とあるカフェでハリー・スタンダール(Harry Stendhal)とフルクサス時代について談笑するクボタの様子(ちなみに、フルクサス運動においては、マチューナスが「大統領」ないしは「議長」で、クボタは「副大統領」ないしは「副議長」だった)。クボタが懐かしそうに語るニューヨークにおける「アーティスト・コミューン」という言葉が印象的だ。「他では、日本ではなかったものなのよ」とクボタ。
3. 来客者で混み合って賑やかな会場(壁にビデオ作品も映写されている)で、立っているのが辛そうに会場の隅の椅子に腰掛けたクボタに歩み寄るメカスとハリー。メカスはクボタをねぎらうように、励ますように、その肩にポン、ポンと優しく二度触れる(撮影者は不明)。「ジョナスのお陰よ。私はギプアップ寸前。ありがとう、ジョナス」とクボタ。こぼれ落ちる涙を拭いている。
4. 会場に駆けつけたフォン・ブイ(Phong Bui, 1964-)の様子。「ハイ、ジョナス」といつものはち切れんばかりの笑顔。「THE BROOKLYN RAIL」とプリントされたTシャツを着ている。

この365Filmsでは常連のフォンだが、彼が編集長をつとめる「アート、政治そして文化に関して批評的に展望する」THE BROOKLYN RAILの9月号には早速、彼によるシゲコ・クボタのインタビューが掲載されている。彼女のこれまでの人生と仕事に関する要を得た見事なインタビューである。

この記事には、自身画家でもあるフォンによる鉛筆描きのとても素敵なクボタのポートレイトが添えられている。シゲコ・クボタの人間的本質を見事に捉えたフォンの繊細で鋭くしかも暖かい眼を感じる。

Portrait of the artist. Pencil on paper by Phong Bui

インタビューの最後には、フォンがメカスから聞いたという、あるビデオ・クリップの話が紹介されている。それはクリントンが大統領だった頃のある出来事の映像だった。キム・デジュン大統領とともにパイクをはじめとする韓国出身の著名なアーティストらがホワイトハウスに招待された。ちょうどその頃はクリントンは件のセクハラ疑惑で窮地に立たされているときだった。クリントンがパイクに握手を求めてきたときに、車椅子から立ち上がったパイクのパンツがずり落ちた。メカスはそれをパイクならではの計画的な犯行にちがいないと見た。クボタはそれを否定した。

***

「いかにもアーティスト」っぽくなくて、肝っ玉母さんのようなどこか突き抜けたすごくいい感じの雰囲気のシゲコ・クボタは、新潟生まれ。東京教育大学で彫刻を学ぶ傍ら、学生運動に没頭するも、ある前衛作品に霊感を覚え、黄金の60年代のニューヨークに渡る。アートが狭義の芸術の殻を破って、人生、生活全般を律するような運動へと進化しつつあることを実感しながら活動していた錚々たる人びとと「共に」生きて生きた。そのなかには、マルセル・デュシャンジョン・ケージ、ジョージ・マチューナス、ジョナス・メカス、そしてナム・ジュン・パイク、等々がいた。(そのパイクにしつこく言い寄られて結婚したはいいが、綺麗な若い娘好きのパイクには随分悩まされたらしい。)そんな時代、現場の空気を吸って生きてきた「日本人」は少ない。というか、彼女は「日本人」ではない。だから、「久保田成子」とは書かずに、シゲコ・クボタと書いた。現に彼女は日々Shigeko Kubotaとして生きているわけで、「久保田成子」としては生きていない。そんな彼女を「久保田成子」と書くことには大きな違和感がある。ちなみに、グーグルの検索では、「久保田成子」は619件しかヒットしないが、「Shigeko Kubota」は43,400件ヒットした。彼女はShigeko Kubotaとして世界に存在するといっても過言ではない。