Ampersand(アンパーサンド)における「et」の痕跡

デザインの現場』に連載中の小林章氏の「フォント演出入門」第7回「食欲をそそる書体」(2008年2月号、asin:B0012ORI4O)を興味深く読んだ。特に、そのなかのコラム「Ampersand(アンパーサンド)の形」に刺激された。

「&」の正式な呼び方は「アンパーサンド」といいます。and per se and(それ自体で and の意味)という言葉が縮まってできた言葉のようで、その字形もいろいろあります。ここで紹介した書体のアンパーサンドにも、ラテン語で and と同じ意味の「et」の形がはっきり分かるものと、日本人がどちらかというと見慣れている「&」とがあります。(中略)Springの「&」はちょうど中間の感じで、じっと見ていると、&の形になったのがなんとなく分かる気がします。
(103頁)

小林氏のいうSpringという書体の「&」はこんな形である。

そして「E」と「t」はこんな形である。


このような小林氏によるアンパーサンドの「形態論」に刺激されて、私は今使っているパソコンにバンドルされている全てのフォントの「&」の形を一通り見直して、「et」から「&」への形態進化の痕跡を追ってみた。以下は多分に恣意的な直観に基づいたラフスケッチである。


1行目は「Et」が明瞭に分かる書体で、左から順に、Trebucher MS Italic、Silom、WarnockPro-Light Italic、Curlz MT、Bradley Hand ITC TT、Baskerville Italicである。細かいことだが、三つ目のWarnockPro-Light Italicから小文字の「t」ではなく、大文字の「T」に変化している。2行目は「E」が「e」に丸まった書体でCochin Italic。3行目の書体Hoefler Text Italicにおける変形の解読が一番難しいところだが、これは「e」が一旦は「T」から切り離された後に、「T」の脚の途中に繋げられたのだと思われる。「e」の丸みは一時的に点にまで縮小したと考えられる。私の見るところ、これは小林氏が取り上げたSpring書体の「&」と共通の形態的特徴を備えている。不思議な変形である。四行目の書体Apple Chanceryになると見慣れた捩じれ具合である。そして5行目は左から順にBig Caslon Medium、Didot、Georgia、Hoefler Text、Cochin、DecoType Naskhである。これもまた細かいことだが、この5行目でさえ、実はわれわれが普段見慣れている「&」とはちょっと違って、形態的には小文字「t」ではなく、大文字「T」である。実は、大半の欧文書体における「&」は「t」なのである。

というわけで、一体何が言いたいかというと、以前から気にかかっていた「Et」が見分けられる古い形と見慣れた「&」の捩じれ具合と間の大きなギャップに関して、小林氏の取り上げたSpringや3行目のHoefler Text Italicのような不思議な形が、言わば進化の「失われた環(missing link)」のようなものではないかというささやかな発見である。