血まみれの妖精:近くて遠いハングル

詩人の吉増剛造は「妖精」と書いて「ハングル」とルビを振った(『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』(集英社、1998年、14頁))。「ひらがな」とはルビを振らなかったのは何故なのかとずっとどこかで考えていた。


#GungSeo

#PCMyungio

最近、パソコンのOSに搭載されているハングルのフォントを眺めては「狂おしく美しい」と感じるようになった。以前はハングルはただ人工的で味気ない文字だなと感じていた。ハングルは朝鮮王朝の第四代国王である世宗によって、1446年に『訓民正音』(「百姓に与える正しい言葉」という意)として制定された国字である。色んな事情が重なって、私は今までハングルの素性をちゃんと知ろうとしなかった。

杉浦康平編著『アジアの本・文字・デザイン』に、ハングルの「アンサンス体」(下図)を設計したことでも知られる韓国人のグラフィック・デザイナー兼タイポグラファーのアン・サンス(安尚秀[Ahn Sang-soo]、1952年、韓国忠州生まれ)が登場する。アン・サンスと杉浦康平の対話の一部(094–100頁)を読んで、はじめてハングルという文字の、特に日本語の平仮名との関係における、本質的特徴を知ることができた。それは漢字、つまりは中国語に対する根本的な態度の違いに由来し、ひいては韓国人と日本人の似て非なる性向にも反映していると感じた。

アン・サンスは「ハングルは漢字の腹を切って生まれた子」(094頁)であり、日本語の平仮名は「漢字からの順産(安産)で生まれた」(096頁)と語る。同じことを、杉浦康平は、ハングルは漢字の「異」を求めた文字であり、平仮名は漢字の「同」を求めた文字であると語る(095頁)。

さらに立ち入った二人の対話によれば、平仮名は漢字を受け入れた上でその形を簡略化する道を辿ったのに対して、ハングルは漢字を拒否して、韓国語の音声総体を「三才」(天・地・人という宇宙構成素)と「陰陽五行」に基づいて体系化することによって極めて合理的に構築されたという。なるほどと思った。ハングルの独特の規則性を感じさせる形態は、初声(子音)、中声(母音)、終声(音節末の子音・パッチム)がそれぞれ左上、右上、下という固有の位置をとることに由来するのだった(096–099頁)。


アン・サンスがデザインした「アンサンス体」(099頁)

標準的なハングル書体の構成図(099頁)

平仮名に特徴的な曲線は漢字との関係でいわば「無血革命」を選んだ結果の日本語文字の温和な形態であり、ハングルに特徴的な直線はいわば「流血を覚悟の革命」を選んだ結果の過激な韓国語文字の形態なのだと思った。

吉増剛造が透視したように、ハングルは妖精、しかも血まみれの妖精なのかもしれない。面白い。