片仮名の呪力、漢字の呪力、アルファベット漢字


愛を成就せんがための「護符」と周囲に添えられた漢字片仮名交じりの文言。室町末期の『呪詛秘伝書』から(『組版原論』57頁)

これは、府川充男氏が、片仮名の持つ呪力を解説する場面で例に挙げた室町末期の写本『呪詛秘伝書』からの資料の一部である。府川氏は他にも具体例を挙げ、民俗学者網野善彦の「片仮名呪力」説も援用しながら、片仮名が本来「言葉の呪力」、「音声の呪力」、「口頭の言語」、「音声の言語」と深く結びついているのではないかと推理している(『組版原論』56頁)。

その面白さもさることながら、私は上の護符そのものに目が釘付けになってしまった。「我君と交わるを念ず」と読むとしたら読むのだろう。護符周囲に添えられた漢字片仮名交じりの文言もさることながら、その護符そのものの漢字の結合が強烈な禍々しさを生み出している。この資料は、片仮名の呪力なるものよりも、漢字の呪力のほうを私に強烈に印象づけた。

こうして片仮名の素性を知る途上で漢字に寄り道することになった。

ところで、杉浦康平編著『アジアの本・文字・デザイン』(asin:4887521960)のなかで、杉浦康平と中国人デザイナーのリュ・ジンレン(呂敬人[Lu Jing-ren]、1947年、中国上海生まれ)は漢字の恐るべき「結合力」について多面的に語り合っている(171–194頁)。


「まるで現代絵画、抽象絵画のような字形です。鬱の本質であるうっとおしさ、わずらわしさを、幾つもの文字がそれぞれの意味を持ち寄って極めようとしている」(杉浦康平、177頁)


「横並びの文字や記号を組みあげて絵を描き、文字を超えた伝達を試みる。このイモティコンの記号素がもう少し接近しあうと、漢字に似た形になるでしょうね。世界にひろがる電脳空間でも、アルファベットの文字並びの単調さを打ち破るかのように、漢字に似た複合性、多重性が生まれようとしている」(杉浦康平、177頁)

杉浦康平は一方では白川静の『字統』から「鬱」の例を引きながら、それがすでに複数の漢字の複雑な結合から成ることに目を向け、他方では携帯電話のメールやネットで普及した記号文字のイモティコン(エモーション+イコンの意)にも目を向け、その漢字的複合性と多重性に注目している。その二人の対話では興味深い資料がたくさん紹介されているが、中でも驚いたのは、「アルファベット漢字」だった。


A––中国の芸術家の徐冰(シュ・ビン)が創案したアルファベット漢字。アルファベットを縦横に積み重ね、英語の単語を一文字の漢字に変える。(179頁)
「ART FOR THE PEOPLE」と読めますか?

昨日のエントリーで、アルファベットは漢字に成り損なった文字なのではないかという仮説を書いたばかりだったこともあって非常に驚くと同時に、シュ・ビンという芸術家の感性に唸った。CUSCUSさん(id:cuscus)が昨日のエントリーに対するコメントのなかでライプニッツの漢字への関心を記してくださったが、こんなアルファベット漢字はさすがのライプニッツにも思いつけなかっただろう。

片仮名の呪力と漢字の呪力の話がどこかに吹き飛んでしまったが、いずれ改めて書きたい。