音楽は身体を使った優れた回想の芸術だと思う。ピアニストは白鍵と黒鍵の間にその回想の道を探る。
- 作者: 南博
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2008/05
- メディア: 単行本
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音楽が僕の救いであり、たとえ客が四、五人でも当時はめげたりしなかった。なぜなら、そこにしか身を置く場所がなかったからである。その場を失えば、僕にはなにも人並みにできることはないと、そのことだけは、また逆に分かっていた。それだけの分別は、少なくとも僕の中にあったのだ。今でもその思いには変わりがない。いかに場数を踏もうとなんだろうと、いかに僕よりうまいピアニストが世の中に出ようとなんだろうと、僕にはピアノを弾くことしかできることがないから、ただただ弾くのみである。(中略)大げさなようだが、動物と人間を分けるのは、芸術だと思う。もしかしたら、動物そのものの存在が、既に芸術的なのかもしれないが、人間というものは、ほっておいたらろくでもないことばっかりする。(中略)僕は人間にできうる何か美しいものをこの世に提供したいと願う。そうでなかったら、僕にとって、この世は暗闇だ。(中略)我々の生きているあいだに、美しい芸術があり、それに対する審美眼があり、自分の住む街の景観を美しくする思いなくして、我々は本当に、最後まで正気をたもてるだろうか。(『白鍵と黒鍵の間に』112頁〜113頁)
すでに「正気」は失われていると言うべきかも知れない。やや唐突な感の否めない「自分の住む街の景観を美しくする思い」という言葉に驚いていた。南さんがそんな言葉を書き付けるとは。だが文章は書き手の意識的コントロールが及ばなくなる辺りから面白くなる。一種の賭け、身を投げ出すような筆致に感動する。