札幌から車で東に一時間半くらいのところに夕張(ゆうばり)という市がある。夕張市は2006年6月に財政破綻し、2007年3月に財政再建団体入りした事実は耳に新しいと思う。映画好きの人なら、夕張と聞いて、『幸せの黄色いハンカチ』(1977年)を思い出すかもしれない。勇作(高倉健)と光枝(倍賞千恵子)の再会シーンは夕張でロケが行われた。
夕張市はかつては「石炭の街」として栄えたが、1990年の三菱南大夕張炭鉱の閉山を最後に、市内の全ての炭鉱が閉山した。同年、第1回の「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」が開催された。2006年には財政再建団体入りに伴い市運営による開催中止が決定され、存続が危ぶまれたが、NPO法人「ゆうばりファンタ」が中心となって2008年再開した。詳細は以下で。
ところで、地図で夕張市近辺を眺めると、「ユーパロの湯」や「シューパロ湖」など、いかにもアイヌ語由来のカタカナ表記の地名が目につく。
山田秀三著『北海道の地名』(北海道新聞社、1984年)には「夕張」、「シューパロ」、「大夕張」の項目がある。
夕張 ゆうばり
夕張の「張」はアイヌ語のパル(par 口)であるが、今石狩川に注いでいる新しい夕張川の口ではない。昔千歳川(江別川)に注いでいた当時の口のことである。
(中略)
「再渡蝦夷日誌」(松浦武四郎)は篠路で石狩川の中に白い、味のちがう流れを見たが、同行のアイヌは「それはユウバリの水である。ユウバリに硫黄山があり、そこに大雨が降るとその水がここまで流れてくるのだ」と教えたという。
(中略)
ユは温泉と訳されてきたが、何も熱い湯とは限らない。要するに鉱水のことであった。
(中略)
川口がユー・パロ(鉱水の・川口)と呼ばれ、それがひいて全川の称となり、夕張の名になったと考えられないことはなさそうである。(59頁〜60頁)
...
シューパロ
夕張川本流をシ・ユーパロ(shi–yupar 本流の夕張川)と呼んでいたようである。シはほんとうの、主たる、大きい等の意味であるが、川の場合は、然るべき支流を分かった後の上流の川を呼ぶ時に使われる言葉である。この場合は水源部の夕張川本流の意である。「シ・夕張川」なのであるが、今ではシューパロと呼ばれ、シューパロ湖のように書かれるようになった。
大夕張
夕張川源流部に大夕張炭坑が開発され、大夕張の市街ができた。夕張山中では夕張市街に次ぐ市街地になっている。大夕張の名の由来を知らないが、シ・ユーパロ(大きい(本流の)・夕張川」の語意を知っている人がいてそれを含めてこの名をつけたのでもあろうか。(64頁)
「千歳川筋略図」(51頁)
山田秀三の率直で平易な文体が、語源に遡ることの困難さを教えてくれると同時に、想像力をいろいろと刺激してくれる。地名の由来を知ることは、実際に川や道を辿りながら、その土地の大文字の歴史ではない、途切れ途切れの裸の記憶の痕跡に触れることを通して、それらを「ソングライン」のように繋いでいくことによって補われるだろう。