スーザン・ブラックモア『「意識」を語る』

中山さん(id:taknakayama)さんが、三上さん、本業(哲学)の方はどうなってますか? という暗黙のメッセージを籠めて「意識」に関する面白い本を送ってくれた。

「意識」を語る

「意識」を語る

本書には知らない人、知っている人、会ったことのある人が登場する。会ったことのある人は一人。ラマチャンドラン。恰幅のいいインド系アメリカ人で、押しの強い話し方がとても印象的だった。アメリカ滞在中の記憶が蘇った。そのときの記録を引っ張り出して読んだ。

Media X Conference or ...


……そんな中、僕が滞在している研究所にとって一年で一番大きな行事、Media X Conference が開催されました。ミシェルがホストの中心的役割を勤めたはずの国際会議です。11月11日は6時からカクテル・レセプション、12日は朝食、昼食、夕食付きの朝8時半から午後6時までのセッションでした。セッションでは合計24の報告が行われます。世界中からIT関連の企業の人たちが招待され、彼らに向けて、スタンフォードの研究開発力を売り込むわけです。(要するに資金集めが目的のお祭り会議です。それとなく揶揄する研究員が少なくないのは事実です。)この会議は一般公開はされず、参加は登録制で、僕は滞在者の資格で特別に参加登録することができました。

ところが僕にとっては内容的にずっと魅力的な会議が日程的に一部被っていました。"STORY, METAPHOR,VISION: Cognitive Science and the Humanities"(以下Humanitiesと略します)です。これは(認知)科学と人文系学問とをいかに橋渡しするかというC.P.スノー以来の古典的とさえ言える大きなテーマに(認知)科学者たちと人文系の研究者たちがそれぞれの専門領域の研究を土台にした見通しを報告しあうという内容の国際会議です。しかも一般公開です。

10日午後7時からのスティーヴン・ピンカー(ハーバード)の基調講演 "Humanities and Human Mind" に続いて、11日は午後1時から5時半まで4つの報告、12日は午前9時30分から午後5時まで5つの報告がありました。12日が Media X Conference と完全に被っていたわけです。

10日のピンカーの基調講演は7時から9時までの予定でした。しかし8時から僕にとっては聞き逃すことのできないスタンフォード・ジャズ・オーケストラ(以下SJOと略します)のコンサートが入っていました。こちらに来たばかりの頃初めて足を運んだキャンパス内のSJOのコンサートで、僕はこの地で一人で生きる勇気を与えられたと同時に、ジャズ・オーケストラの魅力にすっかり取り憑かれていたのでした。研究所の知り合いたちとピンカーの講演に出席しましたが、話しの内容はだいたい見当がついたので、8時直前に退席して、SJOを聴きに行きました。良かった!

11日は Humanities の4つの報告、マーガレット・リビングストーン(ハーバード)の「視覚と芸術」、デヴィッド・フリードバーグ(コロンビア)の「共感、芸術史における運動と感情」、ブライアン・ロトマン(オハイオ)の「バーチャルについて」、マーク・ターナーの「物語、比喩、視覚の合流」に出席しました。ピンカーは偉いことに前日の基調講演に続いてその日もちゃんとすべてのセッションに出席しよく質問していました。その後6時から7時過ぎまで、Media X Conferenceのカクテル・レセプションに出席しました。疲れていたのでパスしようとも思ったのですが、研究所のスタッフたちから是非出席するように何度も念を押されていたこともあり、またこちらのその種のパーティーの実態を知りたいという動機も働いたからです。レセプションの後は7時半からのシリコン・バレー・シャノン・レクチャーの報告会、ロトフィ・ザデー(バークレー)の「ウェブ・インテリジェンス、世界知識とファジー論理」に出席しました。

レセプションにはなぜか僕以外の日本人の滞在者は出席していませんでした。かなりリッチな内容の食べ放題、飲み放題の立食パーティーでした。正装したバーテンダーやウエイトレスがいて、ジャズ・カルテットの生演奏もあり、僕はジャズを聞きながら、7時半からの報告会に備えてしっかりと腹ごしらえをしました。酒が好きなのに弱い僕はワインとカクテルが飲めなかったのが唯一の心残りでした。スーツを来たアジア系の集団が目につきましたが、彼らとは接触しませんでした。

僕がジャズ・カルテットの人たちのすぐ傍のテーブルで食事をつまみながら彼らの演奏するスタンダード・ナンバーに聞き惚れていると、エンマ(何度か紹介した研究所のネットワーク・エンジニア)がカクテルのグラスを持って一人でふらりと近づいてきて、僕に気がつくと、ハーイ、とちょっと疲れた表情を浮かべながら声を掛けてきました。誰か興味のある人はいた?ノー。ここで興味があるのは彼ら(ジャズマンたち)だけだよ。彼らはベイエリアでもかなり人気のあるカルテットよ。本当?……。といった会話をしている内に手持ち無沙汰の様子の長身の若い男が僕らのテーブルに近づいてきて、エンマに話しかけました。彼らは知り合いのようでした。彼とは簡単に自己紹介し合いました。彼はある企業から派遣されて、特殊なスクリーンの開発をしているピーターという名前のMedia Xの研究員でした。僕が哲学専門だと言うと、ちょっと驚きの表情を浮かべましたが、すかさずエンマが哲学は全ての基本よね、と横からフォローしてくれたのでした。しばらく三人で談笑しました。ピーターはスタンフォードの卒業生で、SJOのベーシストをやっていたこということで、ジャズの話題で特に盛り上がったのでした。

12日は企業向けにお膳立てされた Media X Conference の報告会は、こちらで普段から見聞きしている内容のものばかりだということもあって、避けて、一日中 Humanities の方に参加しました。エレイン・スカリー(ハーバード)の「色の想像」、セミール・ゼキ(ロンドン)の「芸術の曖昧さと脳」、イヴ・スウィーツァー(バークレー)の「観点」、マーク・ジョンソン(オレゴン)の「想像の具現化」、ラマチャンドラン(サン・ディエゴ)の「人間の脳」という報告でした。すべての報告がそれぞれに面白かったです。話しの中身はいうまでもなく、報告者の語り方、知識を伝える情熱と方法が、さすがだな、と感心させられました。特に最後の二人は世界的なビッグ・ネームらしく、立ち見、座り見まで出るほど盛況で狭い会場は熱気むんむんでした。その日ピンカーの姿は見かけませんでした。

実はこの会議で僕が一番惹かれたのはピンカーその人でした。たんなる研究者ではない非常に感受性豊かな人柄を感じました。11日は小休止の時間に会場外で一人で木を見上げたりしている彼を見かけましたが、声を掛けるチャンスはありませんでした。基調講演の中で僕のインスピレーションを非常に刺激する発言があったので、それについて質問できればと思ったのですが。また会場では隣の席に座っていた不思議な静けさの漂う初老の男性とどちらかともなく挨拶しあい自己紹介し合ったのですが、その人、ケン・ローズさんは合気道を20年続けていて日本語もちょっと話す、実は NASA の火星探査用ロボットの開発者でした。AI研究が専門ということでしたが、なぜこの会議に?という僕の質問に「メタファー」に非常に興味があるんだと答えてくれました。彼は現在のロボットの性能とその限界について親切に教えてもくれました。

「カリフォルニア通信19」(2004年12月1日)より

中山さん、ありがとう。本書の批評はいずれまた。