迷子

人生の底を割ったような無責任に明るくて甘ったるい猛毒を垂れ流す寂しい人チェット・ベイカーの歌声(Let's get lost)を聴いていると、それに合わせて、んーん、レッツ・ゲット・ロスト、と脳天気に思わず口ずさむ自分もいるけど、もっとずっと手前で毎日迷子になってばかりいる大人気ない自分をあざ笑いたくもなる。でも、しょうがないさ。道に迷うことが楽しくて仕方がない。誰かがつけた道を歩くのはつまらないし、他人(が作ったもの)をダシに語ることもつまらない。自分を迷子にしよう。そしてスランプとやらを歓迎しよう。自分にもまだ割れていない底があると気づいてそれをどうやって割ろうか想像するだけでワクワクするからさ。毎朝の散歩はそんな愉快なレッスンだ。


子供の頃からしょっちゅう迷子、行方不明になっていたが、大人になってからも「迷子」になった思い出がある。5年前の今頃、カリフォルニア州の運転免許を取って間もなくの頃だった(http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20070823/1187885102)。時速65マイル(時速約104キロ)以上出すと車体が分解してしまいそうな不気味な振動音を発するポンコツ車(http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20090217/p2)を駆って地図を頼りにまだ見ぬバークレーに向かった時のこと、その手前のオークランドで完全に道に迷った。今いる場所を正確に知り、目的地までの道が分かれば、何も問題はないと頭では分かっていても、「危険な町」のイメージが押し寄せて心臓の鼓動が高鳴った。しかし、そんな状況をどこかで楽しんでもいた。自由と民主主義の国アメリカで大げさな話だと笑われるかもしれないが、異国の見知らぬ町で裸にされたような気分の中で、自分のサバイバルマシーンとしての性能を試すいい機会だと感じていた。


そのときの恥ずかしくも微笑ましい記録がある。

バークレー巡礼



実は10月17日、日曜日の午後に慣れないおんぼろ車を運転してバークレーに行ってきました。前所有者からフリーウェイは避けた方がいいと言われていた車なので、ゆっくり走れる州道238号線を行ったら、バークレー手前のオークランドという、聞くところによれば、低所得者層特に黒人が多く、マフィア絡みの犯罪も多いらしい街、で道に迷ったこともあって、3時間もかかりました。バークレー公立図書館でキューバの写真展が開催中で、日曜日午後6時からは写真家のトークもあると知り、居ても立ってもいられなくなり、必死!の覚悟で「マイ・フェラーリ」を運転して行ったのです。ところが、なんということか、僕にはよくある勘違いで、それは日曜日ではなく、月曜日なのでした! あちゃ! しかたなくUCバークレーそばのユニークな店が軒を連ねるテレグラフ・アベニューを歩いて、空腹を覚えたので中華系のレストランでスープヌードルを食べて、Pee's Cafeでエスプレッソを飲んでから、帰りは決死!の覚悟でフリーウェイ880にのって帰ってきました。時速65マイルを越えると、ハンドルやあちこちが振動しだして、ハラハラしながらの運転でした。標識を見逃さないようにかなり集中して運転したおかげで、ジャンクションや出口も間違えずに、1時間くらいでパロアルトに帰って来ましたが、疲労困憊でした。ちなみに、オークランドバークレーは地理的には、サンフランシスコから見ると、湾を挟んだ反対側、ベイブリッジの向こう岸に位置します。こちらではイースト・ベイと呼ばれる地域です。

ところで、こちらでは日本でいう一般道と高速道路が平気で乗り入れ合っています。ですから僕が行きに目指した238号線に至る途中は84号線という高速道路です。途中からいきなり周りの車が時速55マイル以上でびゅんびゅん追い越して行く、えっ? そんな! と思いながらの運転でした。また238号線は途中で185号線になり、さらに7番通りになっていて、その先は地図上ではほぼ真っすぐ続いているはずが、行き止まりなのでした。仕方なく僕の方向感覚的に右折すると、予想外の湖岸を走る道に入ってしまいました。しばらくそのまま走ってから脇道に入り、来た道を戻って、さきほど右折した交差点で左折方向に行くも、自分が走っている通り名の表示が見当たらず、交差する通りも見知らぬ名ばかりでした。これはかなりヤバい状況かもしれない、俺はほぼ完全に方向を見失っていると一瞬思いましたが、不思議と不安にはならず、さてと、こういう状況を自分はどういうステップを踏んで切り抜けることができるか、頼りは文字通り自分の判断力しかないな、とにかく自分の力を試す絶好の機会だと思い直しました。

深呼吸してから、しかたなく道路脇に一時停車しました。そう言えばその日は小雨模様の日でした。濡れた歩道を黒人の母娘が歩いているのが目に入りました。地図で今自分がいる場所を確認すると、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア・ウェイに交差する少し手前でした。しかし自分がいる通り名が分かりませんでした。仕方なくそのまま直進してしばらく行くと地図で見覚えのあったバークレーに繋がるマーケット・ストリートに出たのでした。ところがそれをしばらく行くとまた紛らわしい交差点で道を見失い、勘で入った方向の道がサン・パブロ通りで、そこを47番まで行ったあたりで、雰囲気が侘しくなり、あれ? 反対方向かな? と感じ始めて、これはもう一度ちゃんと地図でしっかりと今自分がいる場所を確かめようと思い、目に入ったロングズという、こちらではよく見かけるドラッグストアーの駐車場に入ったのでした。小用も足したかったので、店内に入りミネラル・ウォーターとお菓子を一つ買って、レジ係のラティーノのオニイちゃんにトイレを貸してほしいと言いました。こちらでは客以外の人も出入り可能な店では犯罪防止のためトイレには鍵がかかっていて、店員に頼まなければトイレを使う事ができません。Pee's Cafeでもそうでした。彼はちょっと待っててと言ってからトイレの方に行き、しばらくしてから戻って来て、いいよ、と言ってくれました。小用も足した僕は車に戻り、地図で今自分がいる場所を正確に把握しました。このまま行けばバークレー大に繋がるユニバーシティー・アベニューに出ることが分かりました。そうやって、大学そばの公立図書館に無事到着できたのでした。肝心の催しはその日ではありませんでしたが、、。

ところで、238から185、そして7という一般道は時速制限が35マイル(約56キロ)で、僕の車にはちょうどよい速さで流れていましたが、道路に面した店の多くは、そのときの妄想*1では、ふらりと立ち寄る気にはなれない怖い雰囲気でしたし、歩道を行き交う人たちは、たしかに黒人が圧倒的に多く、稀にラティーノ、白人もアジア系も見かけませんでした。

 『カリフォルニア通信18』(2004年)より

というわけだが、今となっては、容易に情報収集できてしまうので、敢えてするでなければ、地球上どこに行っても地理的な意味では「迷子」になるのは難しいと思う。情報技術の発達は僕らから「迷子」になる自由を奪いつつあるようだ。大げさか。あるいはもっと高度な迷子になる位相を準備しているのかもしれないが、そこはよく分からないな。でも、迷子にならない道、方法の意味やその先に待っているものの正体についてよく知らない「情報通」こそ、どこからやってきてどこに向かっているのか知らされていないが、分かる人には分かる人生上の意味においては実は「迷子」であることを知らないウブな迷子なのかもしれない。ブツブツ、、。ハヤカーさん(id:hayakar)の「分身」が戦っているらしい「見えない敵」はその辺にいるのかもしれないとふと思った。

*1:「精神が対象の形態にとらわれて行う誤った思惟・判断。または根拠のない誤った判断に基づいて作られた主観的な信念」(大辞林