ひろしま


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ひょんなことから手にした石内都ひろしま』。ひらがなの「ひろしま」。清らかな光に包まれた薄い写真集。1945年8月6日午前8時15分の強烈な光と熱に焼かれたり、黒い雨に汚されたりした、かつての衣服と小物が清らかな光に照らされている。あれから二度と肌身に直接触れることなく、衣替えされることもなく、捨てられることもなく、あのときのまま時間を凍結させられたモノ達が、柔らかい光と写真家の手と眼に触れて、半世紀あまりも封印されていた記憶を語りだす。写真家は、地獄の蓋を開けてしまった人間の未曾有の煩悩にも触れているようだ。


写真家自身はこう語る。

 広島平和記念資料館は、常設展示室と収蔵室に、約1万9千点の被爆死した人の遺品と被爆した品物が大切に保管されている。その中から肌身に直接触れた品物を中心に選んで撮影する。
 東京から運んできた人工の太陽(ライトボックス)にかざすようにしてワンピースをソッとおく。戦争と科学の実験の場にされた町に遺る品物は、何も語らず、ただそこに在るだけなのに、ディテイルの過激な陰りと裏腹に、鮮明な彩色と上質な衣布(ぬのごろも)のテクスチャーに思わず息をのむ。光の中を漂う時間の糸が無数に交差して、記憶の泉になっていく。小さなモノ達は自然の光のもとに連れ出して、忘れてしまった本来の姿に近づける。資料となってしまった日から今日までの時間は、私の生きて来たのとほぼ同じ長さであることを実感する。
 今、私にできることは、眼の前にあるモノ達と共有している空気にピントを合わせ、その場の時間をたぐり寄せながらシャッターを押すだけだ。(73頁)