記憶の彼方へ009:私の知らない母と私


畳、漆喰の壁、襖障子。何ストーブだろうか。燃料は薪ではなさそうだ。石炭だろうか、コークスだろうか。私は昭和32年8月21日に生まれた。写真は半世紀あまり前、昭和32年(1957)の冬に撮影されたものらしい。今、不思議を感じる。見れば見るほど分からなくなる。今までは不思議とは感じなかった。単純なことだと思っていた。半世紀前の、ありのままの事実が写っているだけだ。半世紀前には、お前は赤ん坊で、お前の母親はお前の知らない若い女だった。それだけのこと。でも、今は、不思議を感じる。いや、衝撃さえ覚えている。写真を見ることのどこかに亀裂が走った。私自身や母にこんな時があったのかという驚きではない。今の私の娘たちと変わらない年齢の「若い母」と「赤ん坊の私」が写った写真をどう見ればいいのか分からなくなる。私はその時のことを何も覚えていない。体に回された若い女の右腕、両膝を支える左腕、声や吐息、背中に触れていた乳房の感覚も覚えていない。この写真に写っているすべては私の記憶の彼方にある。見知らぬ若い女と赤ん坊の写真。でも、それは紛れもなく「若い母」であり、「赤ん坊の私」である。私は一体何を見ようとしているのか。この写真を撮ったのはおそらく見知らぬ若い男としての父だった。


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