仁義

藤原新也と姜信子が書くものには抜き身のような裸の人間としての「仁義」を感じるから好きだ。そこまでそんなふうに書いて大丈夫、と思わず心配してしまう自分の立っている地平の向こうを彼らは歩いている。しかも、書かれたものに留まってはいない。彼らに追いつきたいと切に願って私も私なりの仁義を切って書く。しかし、書いたものは誰にどう届くか分からない。それがもうひとりの藤原新也や姜信子に届くということが起こる。

希望はめぐる……。(姜信子)


人と人が無闇な言葉で繋がる錯覚に陥ることなく、人から人へと闇の中を絶望と紙一重の本当の「希望」が奇蹟のように、羊の角に触れるように、沈黙の中でそっと受け渡されることこそが掛け替えのないことなのだと痛感する。スランプを燃料にして、走りながら充電して、こうしてブログを続けてきて本当によかったと思う。