黒の専門家


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偶然手に入れた『BLACK PAINTINGS』という画集をずっと眺めている。ロバート・ラウシェンバーグ(Robert Rauschenberg, 1925–2008)、アド・ラインハート(Ad Reinhardt, 1913–1967)、マーク・ロスコ(Mark Rothko, 1930–1970)、フランク・ステラ (Frank Stella, 1936–)の「黒い絵」ばかりを集めたものである。いわば「黒の専門家」たちの画集である。昔から黒という色に魅かれてきたが、こうして色々な黒の絵を見ていると、黒の多彩さということに、改めて気づく。


全く別の関心から読んでいた本のなかで「黒の専門家」が出てきて驚いた。辺見庸である。



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辺見庸は、冷戦構造が崩れつつあった一九八〇年代末から九〇年までの一年数か月、通信社の特派員として、ハノイのホテルに暮らした(そのホテルについては、「ホテル・トンニャットの変身」『反逆する風景』所収に詳しい)。当時のハノイはのべつ停電ばかりしていたという。電灯がまともに一日中ともったためしがなく、扇風機が停止し、トイレの水も流れなくなった。仕事どころか生活もままならない状態が続いた。ベトナム戦争カンボジア侵攻、中越戦争という戦争の連続で、ベトナムは完全に貧窮化し、最低限のインフラ整備さえままならなかったからである。最初は嘆き、怒ったものの、そのうち、諦め、全身汗みずくになって、ベッドに終日横たわり、来る日も来る日も暗がりのなかで、色んなことを妄想するようになり、それまで高めだった自己評価は失墜し、ついには、停電の夜には、闇にあっさりと降伏し、いわばこの世の「俗念の囚人」として、無明長夜を煩悩のままにさまようことに決めたほどだった。しかし、そのお陰で、天象としての闇に内面の闇がなじんでつながり、境目さえなくなって、闇と一体化する術を体得し、「黒の専門家」になったのだという。


そんな「黒の専門家」、「闇の専門家」である辺見庸によれば、黒ほどカラフルで、瞑想的な色はないそうだ。

ベルベットのように艶めいた黒、濡れた革みたいな、たけだけしい黒、幾世紀も閉じ込められたままの、暗礁の水のように奥深い黒……。教えてくれたのは、ハノイの夜であった。

(中略)

 黒ほど多彩な色はない。セロハンのように軽い黒から、銅の煮黒(にぐろ)めのように重い黒まで、千態万状の黒がある。それらのなかで、最も心的で、セクシーな黒はどれであろうか。やはり、闇の黒なのだ。できれば、その黒に、熟れに熟れたパパイアやパラミツのにおいがたっぷりと染みているといい。闇夜に、熟した黒の空気を胸一杯吸い込む。いいかえれば、黒を食う。すると、私も熟した闇の一部になり、ハノイの路地から路地へと思うがままに散策できたのである。孤絶はそうして救われ、世界の行く末についてであれ、一身の未来についてであれ、想像は闇のなかでこそ果てしなく飛翔したのであった。
 東京にはいま、その闇がない。つながれる暗がりがない。夜がほぼ完璧に抹殺されたからだ。まばゆい光線が遠慮も会釈もなくすべてをさらしつくし、人がそれぞれ体内に密かに溜めていたい自前の闇さえ、光に侵されつつある。人々は、だから、狂うのではないか。(辺見庸「闇に学ぶ」、『美と破局毎日新聞社、208頁〜210頁)


なるほど。「黒」や「闇」は、「個人の自由」のことなのかもしれないと思い始めた。ただし、与えられるものではなく、たえず闘いとらねばならず、しかも守り維持するのが果てしなく困難である自由。