金子遊監督『ベオグラード1999』(2009)

旧知の金子遊さん(id:johnfante)が制作した渾身のドキュメンタリー映画ベオグラード1999』が今年の冬に劇場公開(於渋谷UPLINK X)されることが決まりました。詳しくは、下の予告編と金子遊さん自身による解説文を参照してください。


全共闘ジュニアが見た、新右翼ナショナリズムの実相


新右翼「一水会」は比較的知られている組織です。これまで鈴木邦男木村三浩見沢知廉といった論客がメディアで積極的に発言してきたことによって、知名度を上げてきました。私の元恋人は5年間、この一水会の事務局で働き、そこを辞めた約2年後の2006年11月に自殺しました。(三上注:見沢知廉は2005年9月に自殺した)『ベオグラード1999』は、それまで撮りためた素材を元にして、何よりも死者への応答責任を果すために編集し、完成したドキュメンタリーです。


撮影は、主に1999年から2000年に行いました。この時期は平成天皇の在位十年記念式典が行われ、日の丸・君が代が法制化され、小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』や西尾幹二西部邁らの著書がベストセラーになるなど日本が急速に右傾化していた時代です。ナショナリズムの高揚に強い違和感を覚えていた私は、保守思想や右翼・民族主義者の考え方に興味を覚えて、ビデオカメラを持って一種のフィールドワークを行いました。元恋人とのつながりもあり、一水会の代表・木村三浩(当時は書記長)へ急速に接近して、彼と共にヨルダン、イラク、旧ユーゴスラビアセルビア)を旅しました。その当時、木村三浩は彼が「第二国連」と呼ぶ、世界的な反米ネットワークを築こうとしており、リビアキューバイラクセルビアなどの反米的な国家を訪問し、交流を行うという国際連帯運動を展開していたのです。


この旅に随行したおかげで、イラク戦争前の平和な時期にバグダッドを訪問し、バビロン音楽祭という祭典に参加することができました。元恋人はシンガーとして大舞台に立ち、イラク全国にテレビ放映もされ、充実した時を過ごしました。この喜びが、彼女が一水会の事務局員になることへと繋がりました。バグダッドやバビロンでカメラを回していて驚いたことは、経済封鎖されているイラクの人々が豊かで、享楽的な生を送っていることでした。マスメディアの報道が一面的なものであることを思い知らされた瞬間です。


同じことは、NATOによる空爆の5ヵ月後に訪れたセルビアベオグラードでも感じました。コソヴォボスニアでの戦禍や民族浄化の凄まじいニュースを読んでいた私は、人々の静かな暮らしぶりに拍子抜けしたものです。しかし、インタビューを通じて、その底にある民族や宗教対立がどれだけ根深く、人々を残忍な行動へと駆り立てたか、徐々に思い知らされることになるのですが…。それと同時に、反米でも反ロシアでも反中国でも反日本でも同じことですが、いかに大国のエゴによって小国の人々が蹂躙され、その運命を意志に反して左右されているか、ということをこの目で見てきました。


共に行動して、木村三浩の反米と民族主義の正当性は、ある程度認めざるを得ませんでした。大学を卒業したばかりの私は、この新右翼の論客に近づきすぎたため、批評的な距離を保てなくなっていたのです。それが分かった時点で、この映画の制作を中止しました。それから6年後に元恋人の自殺があり、見沢知廉の自殺の衝撃もあって編集を再開しました。ようやく冷静な目で映像素材を見ることができるようになり、技術的な面では、個人所有のコンピュータで映像編集ができるようになったことが背景にあります。


不思議なことに、たった数年を経たというだけで、世界の情勢が大きく動いたため、今はいない人たちや今はない国家についてのドキュメンタリーになっています。気をつけなくてはならなかったことは、一水会木村三浩の政治運動のドキュメントでありながら、その宣伝に加担しない、一定の批判的な距離を保つことでした。それが成功しているか失敗しているか、自分では分かりません。一つだけ確かなことは、あの時「世界」はモニターの向こう側にではなく、私たちの手の触れられる距離にあったということです。


ベオグラード1999』(2009年/日本/カラー/75分/DV)
制作:幻視社、監督/編集:金子遊、録音/スチル:牧野壽永、撮影助手:忠地裕子、写真協力:ムキンポ、音楽:セルビア日本友好協会、バビロン音楽祭 出演:木村三浩、篠原真由美、ヴォイスラヴ・シェシェリ、ヴォイスラヴ・コシュトニツァ、見沢知廉西部邁、ドラガン・ミレンコヴィッチ、鈴木邦男雨宮処凛ほか。「nofest2009春」観客投票第1位、「田辺・弁慶映画祭」コンペティション部門、「TAMA CINEMA FORUM映画祭」、「奈良前衛映画祭in東京」にて招待上映。


金子 遊(かねこ・ゆう)
映像作家・脚本家。渡辺文樹監督『腹腹時計』の監督助手などを経て、フィルム日記『ぬばたまの宇宙の闇に』(2008)で、奈良前衛映画祭大賞受賞。「批評の奪還 松田政男論」にて第1回映画芸術評論賞・佳作入賞。その他にテレビ番組の脚本・構成を手がけている。


「02自作を語る『ベオグラード1999』金子 遊」(『neoneo144号』2010.4.15)


私の直観では、この作品は単なる「全共闘ジュニアが見た、新右翼ナショナリズムの実相」を越えています。抑えた筆致ながら、恋人を自殺に追い込んだのはこの国の、この世界の一体何なのか? という世代と立場を越えた、金子さんの魂の叫びのような問いかけが聞こてくるような気がする解説文です。目の前の一人の女性を救えない理念や活動とは一体何なのか? たとえようのない深い傷を負った金子さんは、自殺した恋人の眼を通して、一旦は中止した制作を再開したように思われます。そしてその編集作業は、自分が属するこの国、この世界の一筋縄では行かない実相をこそ、血を流しながらだろうけれども、凝視し続けることであったように感じられます。解説文からはそんなドキュメンタリー映画であることが伝わって来ます。この作品はすでに各地で上映されていますが、私はことごとく見逃してきました。この機会に見に行けたらと思っています。


なお、この作品は金子さんがスポンサーなしでほとんど独力で仕上げた自主制作作品であり、しかも今回のある意味で異例の劇場公開も自腹を切る覚悟の自主配給です。